"Obstructor"













雲行きが怪しい、夏の終わりの九月一日の事だ。




ロンドンの一角、漏れ鍋と言うパブが密かに存在していた。

しかし、特定の能力を持たざる者には、その存在は全く脳内で理解もされず、

目の情報として解析されずに記憶から消される――そう言う場所であった。



――そして、その特定外の内として数えられるであろう一人の少女が、

本来なら無関係のその場を探し、今は少し離れた路地裏で、もんもんと考えを巡らせていた。




「……やっぱりか…」


少女は、前に垂れ下がってきた髪をヘアピンで止めながら呟いた。

愚痴るのも無理はない。その場を探して早二時間――その少女にとっては、あまりにも長過ぎる時間だ。



「そうだろとは思ったけどさぁ……確かに私は現時点じゃ完全マグル(兼仮具現者)って奴だけどさぁ
 
   …なんで漏れ鍋すら見付けられんのかなぁ!?



 ……少女の、いや。の逆ギレ開始である。

 しかし、堪えるのが困難となって来たその感情を何とか抑えながら、は考えていた。

 つまり、"漏れ鍋"に特定外人物(マグルとも言う)が見えないのは、

知っているか知っていないかの問題では無く、自らに魔力の存在が有るか無いかの問題と言う事だ。


 は、出来るのなら自分が目指す場所まで何も力も借りず行こうと考えていたが

――とうとう、その考えが不可能である事を理解させられた。





「えー。私の愛しい、愛しい預言書ちゃん〜w?」


――君の発言は、過剰に装飾された言葉だ。



非常に甘い言葉を、口に出すが、其れと同時にの脳内から感情が一切篭ってない声が返って来た。

そんなそっけない声に対し、は可笑しそうにクックッと笑ってから

又、他人から見たら独り言にしか理解されない発言をする。




「またぁ〜!さり気ないツッコミ〜!まぁ、私は一切訊かない


――…たいして意味の無い発言をする為に、我らに声を掛けたわけではないだろう。


「うん……」



 急に声のトーンを下げ、少し間を空けて、は思い切った様に言った。



「…この世でさぁ。私、一人ぼっちなんだよね。でも、私はそんな事で死を選びたくないしさ!

 確かに…私は弱いし、潜在能力無いし、基本的な女の子のボーダーラインに達して無いし、

 役立たずで…でも、私は――そんな私で何かを変えたいんだ」



 「綺麗ゴト過ぎたな〜」と、は髪の毛を掻き毟りながら、照れ笑いをする。

やはり他人から見たら少し怪しい少女にしか見えないが、それは彼女の眼中には無い。


――…いいだろう。我らも君の覚悟を敬意を表し、具現者本来の力を君に授けよう。

勿論、君は気付いているが、今の君の状況が、本来の具現者の力ではない。具現者が望む事を、

我らは拒絶する事は出来ない。我らは、君の望む未来にする手助けは出来るが、その『未来を変えた』

と言う真実にいる代償は、君に来るのだ。
  
君が一歩判断を誤れば、直ぐ"死"が待っている――覚悟はあるか?




 すぅーっと、は息を吸い込んで小さく頷き、小声で言った。



「…黒い私を、舐めないでください」



 ケラケラと笑いながらも、は此れからやろうとする事に対しての手順を振り返る。


手順では完璧なのだが、机上の空論に等しいほど、が今からやろうとしてる事は難易度が高い。




「ん〜。とりあえず、魔力を下さい〜。きっと、そうすれば目的地である漏れ鍋を発見できると思う」


――いいだろう。しかしその前に、君自らを我らに"肯定"させなければならない。


「肯定?なんで?」



 日頃聞きなれない言葉に、は素早く反応し、口に出して預言書の声の反応を待つ。



――つまり、君は今時点では我ら"物語"の中で存在しない者として扱われている。

もし、君が魔力を欲するならば、君自身が"魔力を持つ十一歳の少女"と言う条件をつけて、

存在を表さねばならないのだ。




「え〜〜〜〜っと、要するに、新しい登場人物には、其れ相当の備考がなきゃだめって事ね」


 は、目を閉じて考える。自分を物語りに挿入させるのなら…欠点があっては、

直ぐそこの部分を突かれてしまう。自らを"肯定"させるのなら、余り欠陥がないようにせねば…。



 数分が経った。勢いをつけては前を向き、大きく頷いた。




「おし!大体条件は付けられたよ。んで、実際にはどうやって私を肯定させればいいの?」


――君は、言葉を使うのがうまいだろう。我らはそれを条件として吸収し、君に反映させる事ができる。

但し、其れにも代償が付くのだが。


言葉を使い、未来を肯定し、代償と戦う……それが、本来具現者のみ可能な能力だ。

だから、君が望む条件を饒舌に表現し、最後に"Affirmation"と言えば良い。





 深く、は頷いた。自身も気付いていたが、彼女は確かに言葉を使いこなすのがうまい。

それは、長年彼女が物語りを書いている事も理由として挙げられる。

さじ加減一つ……そう、は思い。素早く文章を頭の中で構築して行く。



「うん。言うぞ!」


 大きく再び深呼吸をし、丁寧に装飾した言葉を口にしようとした。


その刹那――

















――――させない。



「!?」

 不意な言葉だった。自身の言葉でないのは勿論、ましてや本の声でもない。


 まだ若い、殺気の混じった声――。



 その声が、何処からとも無く響いた瞬間。がいる裏路地の奥から突風が吹き荒れる。

細いこの路地とは言え、自然でこんな風は吹かない。


誰かの、故意の魔術を感じた……。




は、風を受けた瞬間――後方に吹っ飛ばされた。

それは、通常。が大通りに投げ出されたと言う意味でもあるが、

実際の状態を見た者は誰もいなかった。








誰にも見られず、誰にも知られず――

風と共に、はその場から姿を消してしまったのだから。






編集 5/10



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