"There is no right"
















唐突に、意識の中に飛び込んできたのは。 赤い瞳の彼と、知らない人影。














誰…?


自分と言う実体を失い、口が動いているかも分からない状態の中、私は呟く。

ただ、相手には私は絶対見えていないと言う確信はあった…覗き穴から見ている感覚がする。



二人、その場に立っていた…そして一人は紅の瞳の"彼"だった。

彼は笑みを浮かべているのに、嘲笑うと言うよりは寧ろ飽きれているように見える。

そして手前にもう一人いるが、背を向けているので分からなかった。男か女か、年齢も推測できない。






「…馬鹿なことを言うね。君は」






彼が唐突に話し始めた。






「さっき、君等は"僕"を選ばなかった。名と存在の意味を言っただけで」

「……あれは複数であったからだ。我は…あの少女を一年後に連れて行きたい」






手前の、男らしい人影が低い声でそう言う。

押し殺したような、それでいて透き通っているような…不思議な声だ。






「だから馬鹿だと言ったんだ。なら僕を選べばいいだろう」

「…具現者となった者が死なぬ限り、変更は不可能だ」

「――…そうか。このままじゃ、あのマグルが死ぬからか」






目の前の男に対し、リドルは見切った事に満足しながら嘲笑いの表情を浮かべる。

…待って、その"少女"って言うのは……もしかして…私なの?


だが、男は何も答えない…いや、答えられないんだろう。

勿論、それが肯定の意味であるとリドルは察し、楽しそうに話す。






「…お前が何故一人で僕に頼みに来たか分かったよ。
 
 そうか、クラウンとしては一つであるとしても、司る時が違う…

 故に、黙っていればその期間に何が起きるのか知らないわけなのか」


「…――そうだ。このままでは、彼女…は死ぬ。いや、闇の帝王の手で殺される」






――…殺される?


私が?もし…一年先に飛ばされていなかったら?

死んでた…の?

唐突に真実が見えてくる……でも、これは夢じゃないの?






「そんな都合のいいように、あのマグルを未来に飛ばせると思うのかい?」


「…汝の力を借りれば、できない事は無い…我の全てを費やせば。

 それに、先刻の召喚で汝はかなりの魔力を失っただろう」






彼の表情が、あからさまに変わった。

真剣さと、焦りと、人間特有の黒さが、滲み出ている顔に。

気づかれて無いと、リドルは思っていたらしく何も言えず男の発言を待つ。






「…時空移動の魔法の見返りとして、我が有する魔力を渡す。汝が有する以上の魔力だ」






条件だけ口にして、男も沈黙し、その場に静けさが訪れる。


見ていたくない、そんな沈黙。

瞬きを忘れたのか、それとも瞼その物を失ったのか…私は目を逸らせない。






「……いいだろう」






真剣な面持ちでいた彼の顔がフッと緩んだかと思うと……突如、意味深な笑みを浮かべる。






「だが忘れるな。僕はこれで諦めたりはしない――間違えるな」






その発言と共に、リドルと男の影がゆっくりと霞み始める。

ただ霞んでいくだけなのに、辺りは徐々に闇に包まれて――いつの間にか何も見えなくなった。











耳の中に、音とはとても言えない何かが響いて、私はそれで耳が痛くなった。

そこには無駄に長い静寂と、深い闇しかなくて…自分の思考が自然と表に出てくる。


……真実だと思いたくない。

これは勝手な自分自身で作った夢で、それは目が覚めれば終わる筈。

…筈?――何で自分がこの夢から覚める自信がないの?

自分が死んだと思ってるから?それとも…。






「君が望んだ、これが"真実"さ」






黒の世界の中に、白の霞が生まれ、そして――彼になる。

白のオーラで包まれているのに、どこかはっきりとしない存在の彼が、私に笑う。






「君は、死ぬ運命だった――それをくつがえす為に、一を司るアレは僕に縋ってきたのさ」

「う、嘘…」






とっさに、そう言って彼が述べる事柄を私は否定する。


…知らなかった。本達が本当に複数の存在だったなんて。

知る筈無い。本達はそんなこと一度も話してくれなかった…本当に、一度も。

それと同時に、今私と共にいる本達がその経緯を知らないのも、納得がいく。

……何でそんなことをしたの…?






「無様だったよ。一度拒絶した者に再び縋ってくる様は。

 …あぁ、そうさ。結局アレは約束を果たしたよ。

 僕に分け与える魔力を除く全てを用いて、そして術者である僕を媒体にして君を未来へ飛ばしたのさ」


「そんな…あの人はそこまでして何で私を…!」


「…――未来を知りうる者の苦しみは計り知れない」






そんな事がリドルの口から出てくるとは思いもせず、無言で驚愕している私に、

霞をまとった彼が、するすると歩み寄ってくる。


…どう言った感情も汲み取れないような、なんとも不思議な表情を浮かべながら。






「自らそれを情報として発せられぬ者なら尚更…アレは見ていたのさ。知っていたのさ。
 
 不完全である闇の帝王に挑み、そして無様に殺された君の様を!

 他のクラウンは疑いもし無かったよ。

 自分達に記されている未来に君が載っていないのは、この世界の者じゃないからだとね」






彼と私の距離があと少しまで縮まって、ようやく私は動こうとするが、

…思考以外私には感覚が無いことに気付く。

だけど――本当になんとなく――逃げなくてもいい気がして、私はリドルと対峙する。






「何で、私にこれを見せたんですか」

「クラウンの僕に対する最後の願いさ――僕は、もう消えるから」






リドルは歩みを止め、その場に立つ。






「…消えるって……?」

「――魔力を留める物質が壊されたなら、その魔力も散るのが当然だろう?」






そうだ…彼は、ハリーに――。


今、目の前にいる人が、死とは違う表現で、居なくなる。

これが、世界が決めた定めで、リドルが居なくなることが必要だとしても。






「――っ」


「…何で、君は…泣き始めるんだ…?」






目の前に立つリドルから動揺の声が聞こえるけれど、私は…とにかく悲しくなった。

…彼を追い詰めたのは、結局の所、"運命"を戻すが為に動いた私。















それが、世界の未来でも、私の生死に関わる事でも――私に、彼を殺す権利なんてなかったのに。














涙を流しているなんか分からない。ただ、息が詰まって、少し熱が篭った。






「本当に…っ、ごめんな…さいッ…!ごめ、んなさ…い!」






何でもっと早く気付かなかったんだろう。


リドルだって生きる事に必死だったのに。


謝っても決して許されないことだと分かっていても、私には謝る事しか出来なかった。






「…どっちもどっちなんだよ」


「え…?」


「君は運命を貫かないと死んでしまうし、僕は僕の信念で行動してた…

 それが真逆だっただけさ」






彼が言っている事が、困惑している所為なのかうまく出来ずに、質問しようとしたが、

俯き加減の視線を上に向け直したときには、リドルの顔は見えなかった。




忽然と、リドルは姿を消していた。







「なん…でよ……っ!」







こうやって、私は生きるべき者には生を、死するべき者には死を…突きつけ続けるんだろうか。

その度に泣いて、苦しめばいいのか。








残ったのは――目の前に広がる闇だけ。









なんでこんなに話が重たいんでしょうか。
さりげなく最後(おぃ)だからってリドルさんいい人になちゃったよ。
…さぁて、どうなることやら。

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