"Raison d'etre"













私は、彼を苦しめた。それが例え、向かうべき未来だったとしても。

どうして私は、こんなことをしてるんだろうか。

逃げてしまえばいいのに、運命の輪から去ってしまえばいいのに。

…でも、私には。










「気がついたかね?」




重たい瞼を開ければ、顔があった。一瞬、理解できなかったけれど。

何度か瞬きをすれば、ようやくその人の名前が口から出てきた。




「ダ、ンブルドア、先生」

「気分はどうかの?」




私が口を開くと、先生は嬉しそうに微笑んだ。心配させてしまったんだろうと、微かに脳裏に浮かんだ。

動かせそうなので、ゆっくり上半身をその場から起こしてみれば、見慣れない部屋にいることに気付く。


横になっていたソファー近くのチェストやテーブルには、変わった品物が置かれ、

壁にかけてある肖像画は居眠りをし、そして肘掛け椅子の背もたれにとまっている鳥の鮮やかな紅色。

間違いない…ここは校長室だ。




「…っ」




体を捻りすぎたのか、体に微かな痛みが走り、私はそこでようやく現状確認を止めて、先生に向き合う。

現実が、迫ってくる。




「あの、どうして私は…ここに?」




言い逃れなんてきっと出来ないだろうけど、ここで自分から関わっていたことは知られたくなくて、

私は曖昧な質問を先生に投げかけた。




「スリザリンの継承者が去った後、君をハリーが見つけての。ここまで連れてきたのじゃ」




少し朧げだった意識が、急に鮮明になる。

そうだ…私はあの部屋で、リドルに掴みかかって、未来を戻そうとして。

記憶が蘇えってきて、湧き出すように不安と恐怖が迫ってきた。


行動を起こすのには配慮が足りなかった。あの部屋にいた事を知られれば、

何も聞かれない筈がないことなんて、分かりきっていたことなのに。


私とリドルのつながりは、他者から見えることはない…スリザリン生で純血だと思われてる私が、

彼から危害を加えられる筈などない、と。

だけど、特例と言うにはあまりにも無理がある。


…何を、聞かれるのだろうが。私には隠してきた事ばかりで、何処の不意を突かれるか分からない。





「組み分け帽子がの、今年は妙なことを言ってきたんじゃよ」

「…え」

「潜在魔力を持たぬのに、圧倒的な量の後天性の魔力を有する子――君がおると」





先生の言葉に、私は愕然として声が出なかった。

私が予想した質問の全てを掠って、先生は遠まわしに、私にこう言った。





「最初から、知っておったよ」





そう、聞こえる私が変だと言うなら、変だと言って。

ただ、まだ言い逃れが出来ないかと思っていた自分が、馬鹿馬鹿しくなった。





「わし等も指導者、そして保護者として君の特異体質を見過ごすわけにはいかなくての。

 孤児院に話を聞きに行ってみたんじゃが…君に対する反応が余りに薄くての。

 試しに部屋をみしてもらったんじゃが、あまりに物が少なすぎる。

 ……君が、あそこで本当に生活していたのか、疑いを持たずにはいられなかったんじゃよ」





先生の笑みは優しかった。ただ、その笑みが今の私には…私自身の行いの所為で、悲しく見えて。

…この人は、知ってる。


ああ、もう逃げることなんて出来ない。

知っている人間に、白を切り続けられるほど、私の"肯定"は強くない。

弱い私には、もうどうすることも出来ない。






「…どうしたらいいのか、分からないん、です。

 私は、本当は部外者なんです。何の力も無いんです。

 ここにも、そしてどこにも、いてはいけないんです」






自分の心が痛い。体の芯が棒状なら、それに棘のある鎖が絡み付いて、悲鳴を上げている。

目が熱い。泣きたい。でも今はいけないと、言葉を吐き続けて衝動を押さえ込む。





「私は、ハリーが入学した年に、ある人達によって呼び出されました。召喚術と、言うのでしょうか。

 全く知らない地に呼ばれ、そんな私をあの人達は…殺そうとしました。

 望んでいたものじゃなかった、んです」





目がかすんで、今にも涙が溢れてしまいそうだ。

ああ、泣かないで。泣くんじゃない。





「でも、助けて、もらったんです。それで、その場からは逃げることが出来たんです。

…助けてくれたその人に、真実を、聞きました」





ここは、自分がいた世界ではなく、そして私は独りだと。





「どうしたら、いいのかっ…本当に…分からないんですっ」





水分が頬を伝い、私は傷だらけの手でそれを拭った。

鈍く傷が疼いて思わず、手が止まってしまったけれど、それでも涙は止まってくれない。





「この世界で、私を知ってる人はいない…居場所が無かったんです。

 どうしようもなく、不安で、だからと言ってあの人達の所に行っても、あるのは死で…。

 助けてくれたその人も…居場所までは与えてくれなく、て」





あの名も知らない森の中で、涙を流して自分の皮の鞄を握り締めていたのを思い出す。

考える時間は、いくらでもあった。自分の事も、今からの事も、この現実の事も。

ただ、思えば思うほどそれが恐ろしくて、泣いて、これからどうしたらいいのか分からなくなって。





「私は、自分にできるこ、とを探したんですっ…その人の力も、借りて。

 …そして私は、ここに来ることができたんです」





多くの嘘をついて、公の情報まで書き換えて。

自分の生きる意味が全く分からなくなった。それなのに、私はここにいて、痛みを感じている。

…私は、何かがしたくて、ここに来たんじゃない――。





「…ただ、ただっ……生きる意味が、欲しかったんです」





世界が、私をはじき出してしているような気がした。

お前は部外者で、異端者で、存在を許されない者で、死するべき者なのだと。

そう思われていたとしても、生への渇望に勝ることはなかったけれど。

だとしても、すがる先なんて、どこにあったのか。



「…っく、ぅ…っ!」



言葉が、続かなくなった。出そうとすればするほど、それは嗚咽にしかならなくて。

もう、悲しくて情けなくて、こんな自分が大嫌いで。

自分を自分で責めるしか、感情の整理が出来なくて。

涙を絶え間なく流す私の手を――優しい温もりが包む。

俯き、ローブにシミを作っていた私に、頭上から穏やかな声が掛かる。





「…




優しい声だった。でも私には逆効果だった。息は尚乱れて、しゃっくりが酷くなった。

なんで私なんかに、優しく接してくれるのだろうか。

私は、嘘をついて。何もかもから逃げようとして…最低な、人間なのに。





「君が、生きていけないということは無いのじゃよ」




先生の私を思っての労わりの気持ちは、十分理解していた。

でも私は首を振った。首を、自然と振ってしまった。





「…君が苦しむ必要など、ないんじゃよ」



自分の罪を自分で攻め続けていた私は、そのまま又首を振ろうとした。

だけれども、出来なかった。静止するかのように私の体を包み込んだのは…安らぎの温もり。


その時になって、はっとして涙も酷いしゃっくりも止まってしまった。






「異なる世界から来て、戸惑わぬことなどないのじゃ。

 その中、君はここまでたどり着いてくれた。わしは、それだけでも嬉しいのじゃよ。

 …苦しかったじゃろうに、辛かったじゃろうに…」


「…せん、せ……?」





先刻まで、私に優しい言葉を投げかけていてくれた先生。

だけれども、今、先生の声にはどこか弱々しいものがあった。

しかし、どんな顔をしているかは見ることが出来なかった。





、君は君の決めた道を行けばいいのじゃよ…迷うことは、無いんじゃ」

「…は、い…っ」





私は再び涙を流した。

今まで欲しかった言葉を、先生は私に与えてくれた。

ただ、それが嬉しくて…私の為に悲しませてしまったことが切なくて。


私はその穏やかな温もりの中で、静かに泣き続けた。









久々に書いたら長かった、です。 主には本当に幸せになって欲しいです。

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