"Exhausted."
抗え。
たとえ、不可能だとしても。
無が、辛い。
ピリピリとした刺激を鼻に感じ、目頭に熱を覚える。
意識だけなのに、夢なのに――それだけ、妙にリアルで。
意識が、浮上する。
轟音が、目覚めたばかりの私の脳を激しく揺さぶる。
その刺激の所為か、痛めつけられた体の至る所から、次々に症状が再発する。
鋭い頭痛と共に吐き気がしたが、顔を歪めながらも事態を理解するために視線を上げた。
私から少し離れた場所で、轟音の最中誰かが叫んでいる。
いや、叫ぶと言うより怒鳴っている、と言った方が正しいかもしれない。
……だけど、それは私には理解できず、低くて、尖った発音で。
恐らく蛇語で何か怒鳴っているであろう彼――リドルの奥に、更に巨大な影が見える。
そしてその巨大な影を惑わせるかのように、何かがひらりひらりと飛んでいた。
不死鳥…ダンブルドア先生の、フォークスだ。
私はさまざまな痛みで邪魔されながらも、必死に今の状況を理解しようとやっきになった。
つまり、今は……バジリスクがスリザリンの像から出てきて、フォークスが…――。
奇声が、部屋の中一杯に響き渡り、反響する。
痛々しい、想像したくもない音と共に、バジリスクが大きく悶えた。
……物語が、進んでいく。
今身動きが取れないからと言って、傍観者でいるのにはまだ不安要素が多すぎる。
「…っ」
自分を戒める縄に抵抗してみるが、逆に返ってくるのは全身の痛みだけ。
お願いだから…解けて……っ。
焦るほど、自分が混乱していくのが分かる。頭に熱がたまる。
自分の非力の所為で、ハリーが死ぬかも知れないのに…何も出来ずにいるなんて。
嫌だ…、こんなの…!
ふわり。
微かな風が、頬にあたって心地よく感じる。
…風なんて吹くはずが無いのに、何で私は風を感じたんだろう。
動かすだけで悲鳴を上げる首で、顔を向ければ…そこには――。
「フォークス…」
口では、言った気がした。でも、実際には声なんて出てない。
静かに私の隣に降り立った紅の鳥は、私の目をじっと見詰め、その場から動こうとしない。
……何か、待ってる?
声が出ないので自分の意思をハッキリ伝えられない…でも、この瞳……。
「縄を、解いて」
口でジェスチャーしながら、同時に強くそれを望みながら言葉を発する。
伝わらないかな…と、少し落ち込んでいると、フォークスの鉤爪が縄に掛かった。
いとも簡単にフォークスは縄を引きちぎり、私は体の自由を手に入れる。
直ぐにでも行動を開始しようと勢いよく立ち上がろうとした、その時。
「っ…!」
激しくでは無いけど、体を駆け抜けた電撃でバランスを崩して倒れこむ。
まず、足に力が入ってない。
……負けるものか。
ガクガクと、震える体で何とか立ち上がって、柱に寄りかかりながら呼吸をする。
動け、動け、動け、動いて、動いて……。
念じてばかりで、自分の体が動かない事に腹が立つ。
――…見てるだけでは何もかわらない。
脳裏でそんな台詞がよぎった。
誰の言葉、なんて関係なかった。私は、その言葉を思い出させた自分自身に苛立った。
…私は、走り出した。
体のバランスを何度も崩しそうになりながらも、懸命に足音を立てないように心がけながら、走る。
向かう先には、ひたすら蛇語で何か言っている、リドル。
「えっ」
彼が自分に近づいてくる気配に気付き、
振り返った時には、私は体当たりを繰り出しているところだった。
自分が、めちゃくちゃだった。
杖が無くて、声を奪われて、体を痛めつけられて…その所為で、自分の中の何かが壊れたらしい。
相手が例え自分より力が強かろうと、関係ないと思ってこんな事をしている。
殴る、蹴る、叩く。
……これでも花の女子高生が、先刻まで優勢だった相手に何をやってるんだろう。
リドルを暴力で怯ませ、彼が持つ自分の杖を掴んだ――その時だった。
「やあぁぁぁぁっ!」
勢いのある声と共に、湿った肉を切り裂く音が耳に届き、私は思わずそちらに目を向ける。
バジリスクが、ハリーの持つ剣の攻撃をもろに喰らい、今にも倒れそうになっていた。
――…その出来事に気を取られてしまっていた所為か、気付けば腹部に痛みが走った。
「!」
自分の体が、衝撃でグルグル回りながら床に転がる。
とっさに力を込めたお陰で、自分の杖は何とか取り戻せたものの…痛い。
「…まだそんなに動く力があったんだ」
眼を閉じ、全身に走る痛みに耐えていると、上から声が聞こえる。
まだ動くまで体は回復してない。
そして、彼が知っているか分からないけど、声が出ない以上魔法は使えない…。
…――絶対絶命、なんだろうか。
「指図している僕の動きを封じれば、バジリスクにも隙が出来る…違うかい?」
足音が近づいてくる。
私の真意とは違うが、彼は別の取り方をしたらしい。
「いや…違う。君の本当の狙いは杖か。
声も出せないくせに……結局は只の愚行だと分からなかったのかい?」
なんとか上半身を起こした所で、鎖骨から鈍い痛みに襲われた。
声にならない何かを、実際に声に出来ず叫びながら、私はのた打ち回る。
「でも、それももう遅いよ。
身を持って守ろうとしたハリーポッターは、君より一足先に、死ぬのさ」
まだ身に染みる痛みに耐えながら、重たい頭を上げてそちらを見れば、
壁に寄りかかり、上がった息で自分の腕に刺さった毒牙を抜き取っていた。
物語が、進む。
部外者――私を、置き去りにして。
「残念だったね。君が望む通りにはならないよ。
…自分の非力さを呪って、ただ見ることしか出来ない苦痛を味わうといいよ」
吐き捨てるように、私の視界に居ない彼はそう言った。
ゆっくりと、回らなくなる思考の中、遠ざかる足音だけがよく響く。
…これでよかったんだと、淀む意識の中で、思う。
自分の行動が、結果的に何を防いだのか、分からないけど。
これで、よかったんだ。
私は静かに、眼を閉じた。
反転あとがき
暴力沙汰になってしまった…そして名前変更無いよ…。
火事場の馬鹿力と言うけれど、必死になればきっと無意識に体は動くと思う。
……中途半端ごめんなさい。
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