"Weak's fights"
闇は深い…底知れず。
それに、私は向かい、抗い――飲み込まれるのだろうか。
危機一髪。紫の閃光を回避し、臨戦態勢に入ったのは数秒前の事。
杖は構えているものの、リドルは間髪居れずに呪文を放ってくる為、
攻撃は愚か防御も出来ず、悪戯に体力を奪われていく。
青い閃光が、屈んだ私の頭上を掠めた――いや、違う。
彼が呪文を放てば放つ程、身体的ではなく、もっと曖昧な疲労を体に感じる。
…魔力だ。倦怠感と、肌を逆撫でる様な寒気。
パサリ…
耳元で乾いた音が聞こえたのと同時に、少し頭が軽くなる。
――触る余裕なんてない。でも、分かっている。
髪の毛が抜け始めている。髪に溜めている予備の魔力が、急激な消耗でそれに耐え切れずに。
ヤバイ。
魔力変換の余裕すらない今、このままでは彼に前を食い潰され、何も出来なくなる。
焦りと、急激な体力低下によって意識が朦朧とし始めている所為で、
自分迫る新たな呪文に気付くのが遅れた。
…回避は、不可能。
「…っ、Protego!」
精一杯、言葉に力をこめて言い放つ。
そして、間髪入れずに向かってきた呪文が、展開した壁に当たり、弾かれた。
パサリ…
千切れた様に抜けた髪が、足元の闇に落ちて行く。
セミロングの髪が、いよいよショートカットの長さに突入し、首筋が微かに涼しい。
「ハァ…ッ、…ハァッ」
一度止まってしまった所為か、急に手足が震え始め、自分が思うように動けなくなった。
落としてしまった視線を無理やり上げ、いつ又攻撃を仕掛けてくるか分からない相手を見ようとする。
……しかし。柱のそばに居たリドルが、居ない。
ザワリ、と胸騒ぎがする。
すぐさま横を見、背後を見、そして再び前を見る。
照明弾が遥か頭上で輝いているお陰で、数メートル先までは照らし出されているが、その向こうは闇の侭。
どこから来るか分からない相手に、徐々に恐怖を覚える。
瞬きを忘れ、不規則な呼吸をし、その場にいるしかない。
「…隙が多すぎる」
耳に届いたその声の主を確認する間も無く、両足に痛みが走る。
その途端――視界が劇的に変化し、何か…いや、床に強く体を打ち付ける。
「ッ…!」
痛い。背骨が悲鳴を上げ、気管が詰まり、二重の苦痛が私を襲う。
体が麻痺して動かない、呼吸が乱れているのに制限されるこのもどかしさ。
眼を微かに開ければ――そこには見たくも無い朱の瞳の彼が居た。
薄笑いを浮かべ、私を見ているリドルに、私は無性に腹が立った。
「こ、のっ…!」
杖を振り上げようにも、自分の腕が押さえつけられているのに気付く。
なんとかその圧に逆らって動かそうとするものの、
先刻の体力消費も重なって、全くと言っていいほど全身に力が入っていない事に気付く。
「――動くな。死に損ない」
眼と鼻の先に元自分の杖を突きつけられ、私はようやく抵抗を止め、彼を睨みつける。
「…私を、殺すんですか」
「もし、殺す気が最初からあったなら、君は既に死んでいる…それ位分かるだろう?」
ニヤリ、と癖のある笑みを浮かべるリドルに、私は漠然とした何かを感じた。
逃げられないかもしれない。
自分を冷静に保とうと、不安に押しつぶされない様にと必死になるが、
逆に既に震えていた自分の手足が、一層激しさを増してしまう。
「殺さないさ…今はね。ウィーズリーの娘の魂と引き換えに、僕が完全になるまではね」
…つまり、私は魔力の供給の為だけに生かされているんだろう。
杖を奪い、少しでもリドルを本来の状態でハリーと対峙させたい。
リドルは自分の魔力消費を抑えるために、バジリスクをハリーに差し向けたのに…。
このままでは――ハリーが死んでしまう可能性すら出てくる。
「具現者が死ぬと、クラウンがどうなってしまうか知っているかい?」
少しおどけたように、彼は私にそう言った。
…考えた事も無かった。私が死んだ後の、本達の事なんて。
嫌な予感がして目を見開けば、さも楽しそうに、彼は言葉を続ける。
「具現者は、言うならばクラウンの宿り主……。
主が死すれば、同化していたクラウンは本来の姿へと戻り、新たな主を選ぶ。
――もしそこで、同じ"書物の魔力"を持つ、いかにも同化しやすい者が現れたらどうなる?」
自分の顔から、血の気が引くのが分かった。
彼は…――具現者になろうとしているのだ。
「……いくせに」
小声で私が何か言うと、彼は少し顔を顰めて「何だ」と更に私に杖先を近づけながら言った。
「何も分かって無いくせに、調子のいい事言わないでっ!!」
弱気だった私の突然の大声に、彼は一瞬怯み、体への圧が少し軽くなった。
――…いける。
力を振り絞り、何も持たない手で、リドルの指先と杖を掴む。
「っ!」
彼が驚き、呪文をその杖先から放つ前に――私は大声で、言い放つ。
「具現、待機終了――Affirmation!」
――…承認。
私が握り締めた彼の手から、眩い光があふれ……リドルは後方に勢いよく吹っ飛ばされた。
「…ガ、ハ…ッ!」
冷たい地面に叩きつけられ、苦痛の声をあげている彼に対し、
私は、ぎこちなくしか動けない体で立ち上がり、杖を構え蹲る彼を睨み付ける。
「…何…をっ、した…!?」
「……貴方が持っていた杖を破壊し、同時にその杖から奪っていた魔力も消しました」
苦痛で顔を歪めるリドルに対し、私は淡々とやった事を口にする。
そう、私はこのチャンスを待っていた。
ディアスの肯定は、書物の魔力を持つ彼には無効。
そして私の魔力も、本達の魔力から変換している為、無効。
しかし彼は、ディアスから奪った魔力で攻撃してくる為、
"自分の魔力で紡ぐ魔法は有効"と言う条件がそろい、攻撃を受ける事になる。
…リドルは完璧な強者だった。
意味が分からない、と言った表情でリドルは私をキッとした目で睨み、杖腕を見る。
砕け、手の内に残る杖の残骸と、ハッキリとしていた体の輪郭が、微かにぼやけている。
「はッ…そうか、…杖を伝って、魔力をっ…」
彼は、言葉を途切れ途切れに、言う。
とても苦しそうに肩を上下させ、ギロリと蛇に似た眼で私を見た。
……そう、リドルの言うとおり。
リドルに直接攻撃を仕掛ける事はできない…しかし間接的ならどうだろう。
照準を、リドルではなく"杖を持つ者"にすれば…威力は落ちるが、肯定する事ができる。
――私は、具現化するのを待機させ、彼が持っている状態で杖に触れ、
それから伝って魔力を壊したのだ。
ゆらり、と立ち上がったリドル…油断してはいけないと、私は身を硬くする。
しかし。
「…う、ぁ…」
代償が、来てしまった。
視界が揺らぎ、全身がキリキリとした痛みに襲われ、一瞬体勢が崩れる。
勿論、リドルがそれを見過ごす筈が無が無く。
「――Incarcerous!」
放たれた呪文に対し、防御する事も出来ず……胴周りに、腕ごと縄が巻きつく。
一歩後退りしたが為に、足がもつれ、私はバランスを崩し、そのまま地面に倒れこむ。
その拍子に、強く握り締めていた杖が強い衝撃で緩んだ手から抜けてしまった。
強打した所が痛い…落としてしまった杖の行方を捜す為、
なんとか身を捩ろうとするが、それすら出来ない。
体力・魔力を余りにも多く失い、強力な肯定を放った代償が私にはきつ過ぎて…体が、もう動かない。
意識があるのがまだ救いなのだろうが、これ以上私は何も出来ない。
「自分が、どんなに非力な存在だか分かってないようだね。
…――教えてあげるよ」
自分の身の上から振ってくる彼の声は、先刻のおどけた雰囲気は一切無く、
どこまでも永久に…まるで今頬に触れている床のように、冷たかった。
リドルに抗うものの、やはりリドルは強い。
…次、けっこうつらいです。
リドルが使った呪文『インカーセラス』は六巻内容の呪文です
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