"The opposite speaks mutually"






















月光に照らされ微かに青白く輝く雪に、黒い長髪の少女が倒れていた。

顔は今宵の雪のように蒼白で、身にまとうローブは枯れ枝に切り裂かれボロが目立っている。

…そんな中森の番人達は、じっと彼女の背に突き刺さる一本の矢を見詰めていた。




「急所から僅かに弓が逸れていた……いや、無理に逸らさせたのだろう」




矢を放った彼らの長――アスケラは静かにその言葉を口にした。

長として当然の事をしたのだ、罪悪感など無く寧ろ正義感を感じるべき場なのだ。

しかし…アスケラの心中は何処か先の見えぬ闇にいた。




「アスケラ…とどめを」




若いケンタウルスが、少女の死を迎えさせようとそんな言葉を言ってきた。

アスケラは再び倒れている少女を見詰める。


急所は外れているものの、矢は少女――の背にしっかり突き刺さっていた。

その姿かどこか痛ましく見えるが……突如、彼は落ち着き払った足取りでに近付き始める。




「アスケラッ!」




仲間の何頭かは驚き、またの何頭は彼に制止の声を掛けたが――アスケラには届かなかった。

雪が進むごとにギュッギュッと音を立て、湿り気のある雪がヒヅメにつく所為で雪の固まりが四方八方に

飛ぶが、彼は時間を掛けての前に辿り着いた。


矢が出血を押さえる蓋となっているお陰で彼女の状態は良い方だ。

しかしそれと同時に、矢先に仕込まれているケンタウルスしか調合できない特殊な毒が時を同じくして

体に回り始めているはずだ。



――はこのままではどちらにしても、助かる見込みはないだろう。




「…我、星見のアスケラ――具現者を守護する汝との対話の機を持ちたい」




自分達の敵である者に近付き、その上今度は何を言いだすかと、彼の仲間は目を見開いて驚いていた。

意識もなく、身動き一つしないには無意味かと思われた……だが、変化が起こった。


がいる付近の雪が白銀から徐々にくすみ、最後には今夜の空のような漆黒にかわり、

サラサラとアスケラと彼女の間にくうを流れていく。


そしてその雪が形を成した時――無重力状態の雪が落ち、同色のマントを身に纏った者が現れた。





「……名は」

「――ディアス。未来を記する存在のニを司る」





手短に自分の名を口にする相手の漆黒の髪を、夜風がふわりと弄ぶ。

アスケラを見つめる瞳は赤――いや、瞬きを一度すれば別の色に変わる、なんとも不思議な瞳だ。




「では、ニの者よ…我らに告げたい事は無いか」




静かな声でそう問えば、ニの司は静かに後ろに倒れるを見つめ、ゆっくり前を向き直って言葉を発する。





をどうか救ってほしい――彼女は我らに巻き込まれただけの者だ。死の償いなど受ける必要はない」


「さすれば汝等は生き延び、又未来を変えるのであろう!そのような望みなど、誰が許すであろうか!」





アスケラの発言の前に、ニの司の姿を見た時点で敵視していたケンタウルス

――名は、確かベインと言った――が、大声でそう叫んだ。


ベインの一言により、二の司とに対する怒りは徐々に勢いを取り戻しつつあり、

長の制止を恐れていた仲間も口を挟み始める。





「汝等が巻き込んだとしても、実際に運命を弄んだのはその具現者!

 庇う事も出来ぬ程の罪を、具現者自ら選んだ!」


「これ以上“知”を持ってして変えてしまわれれば、運命の輪廻まで狂ってしまう!」





大声をあげるケンタウルス達は、何時もとは全く違う表情でディアス達を見つめ、そして…構える弓矢を

更に強く握り絞めるが…そんな中アスケラは不思議でならなかった。何故そこまで具現者であるを庇う

のか…預言書である彼は具現者の条件を全て受け入れ、それに対する代償を与えるだけの関係だろうに。




「……二の者に、問いたい」




張り詰める空気の中、アスケラはディアスの目をしかと見据えてそう言った。




「汝は、何故そこまで具現者の事を庇う?」




その問いに対し、ディアスは一度穏やかに天空に目を向け、その後ゆっくりとした口調で物を言う。





「……ここでそなた達にを殺されては困るのもある。

 だが、それはそなた達とて同じ事の筈だ」


「な、なにをっ…!」





あまりにも今の現状としては矛盾している言葉を発したディアスに対し、

動揺の声をアスケラの後ろにいる一頭が漏らした。

ざわざわと少々この場が騒がしくなる中、アスケラは真剣に彼の言葉を理解しようとしていた。



つまり、具現者がこの場で死すればそれと同時に何が起こらなくなるだろうか?

――そうだ、未来を書き換えられることはもう無い。

具現者がいなければ、預言書は自ら行動し、未来を変えることは出来ないと聞いたことがある。

……アスケラ自身、先祖から受け継がれている事しか知らず、実際はどうなのか分からないのだが。


しかし……"未来を変える"…。






「――二の者よ、汝が言いたいのは"変化された未来"のこの後についての事か」


「…そうだ。確かにがこれ以上未来を変える事をそなた達は望んでいないだろう。
 
 しかしこの場で具現者を殺し、仮定の未来の変化を食い止めた所で、
 
 今現在未来が狂っているのは同じ事。

 ……そなた達は、未来を狂わせない為だけに、未来を修正する可能性を同時に捨てる事となる」






考えもしなかった『預言書の出来る事』に、ケンタウルス達は素直に驚いてしまった。

そして、それと同時に目の前に立つ"二の者"が自分達より数枚上手だと悟る。


未来の行く末を見れる分、ケンタウルス達にはその事柄に手を出してはいけないと言う制約がある。

しかし、眼前の"預言書"はその制約をうまく使って具現者である少女を救おうとしている。


…そこが又、何とも不可解だった。





「っく…」





――…その刹那、ディアスに異変が起きる。

無表情で、落ち着き払った彼の顔が痛みにに歪み、瞳の色の変化は徐々に遅くなり黒で定まった。

荒息をする程ではないが、その痛みは相当な物のように見える。


その理由を、アスケラは予想がついた――の体に限界が近いのだ。




「…よく、考えて欲しい。星見…達よ」




言葉を途切れ途切れながらそう言い、身が透け始めているディアスは続けた。




「…彼女を……どうか…」




最後の言葉を聞き取る事はケンタウルス達には出来ず、

預言書の二の司は、夜風に紛れるようにして消えて行った。







残ったのは、冬の夜の静けさと

うなされる具現者の息遣いだけだった。









…結構ブランクが空きましたが、アップ〜。
話がかなりごたごたしくなってます。
ディアスはラテン語で二の「duae」を。アスケラは一月六日の誕生日星から(星言葉は「信頼感と正義」)
難易度がかなりあがってますが、第三者視線は後二話続きますー。


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