"It is impossible by all means. "

















私に、一瞬の安らぎを。

私に、舞台からの逃亡を。

私に、家族との再会を。






無音に包まれたスリザリン寮に、小さな物音が響き始めたのは深夜の二時頃の事だった。


以前に空間拡張呪文を施し、今は見かけによらず大量の物を収納出来る旅行鞄に、ポーンと最後の品が

投げ込まれた。




「…お別れ、ね」




静かにそう呟いて――私は生活感が全て失われた部屋をベッドに腰掛けて見回した。


こんなにこの部屋は広かっただろうか……と、今にも昔を懐かしみそうになるので、

私は急いで立ち上がり、鞄を引っ掴んでドアの前に立つ。



――…そう、私はホグワーツから逃げ出すのだ。




足音を最大限に押さえ、私は談話室への階段をひたすらのぼる。

荒息すら響くのを恐れて、ゆっくり足を進めるけれど、心はどうしても先走ってしまいがちだ。


慎重に事を運ぼうとすれば、体はいう事を聞かなくなる――私はここまでひ弱な人間だったのかな…。

階段をのぼり切り、談話室を抜け、闇に包まれながらも微かに月光が窓から差し込んでいる廊下を歩く。


具現の力は――使いたくない。身の安全を考えれば、今現在杖が無い(リドルに奪われたままなのだ)

私には今こそ必要かもしれない……だけど、嫌なんだ。


旅行鞄が、いかにもそれらしいサイズと形なので、今更ながら持ち運びに大変不便な事に気がついた。




《…森に入る前に捨てよう》




細心の注意を払いながら、私は素早く外への出入口を探し、彷徨う。

肖像画達はニコラスが石化したこともあり、夜になると吹き抜け階段の肖像画群に出かけてしまうのだ。

…監視の目として重要な存在であった為、ホグワーツとしては大きな痛手だろう。

住人が居ない肖像画の額を見ながら、私は足早に廊下を移動していった。




〜§〜




雪に足を捕られながらも、私は暗い石造りの階段を下って行く。

幸い、日頃人通りが多い事もあって階段にはあまり雪が無いが……森の中を行くとなれば、話が別だ。

森の手前の人目につかない場所で、雪の上にドサッと旅行鞄をおろした。

比較的大きめな鞄なのにも関わらず、よくここまで持ってこれたな、と思った。




「…辿り着けるかな。」




旅行鞄の中身を日頃持ち歩いている鞄に移し替え、私は今まさに森へと足を踏み入れようとしている。

森を抜け、目指すはホグズミード駅。

フルーパウダーを使っての移動は足がつきやすい……列車なら、見つかる可能性が低いと思う。


その時――パキッと言う音と同時に、私のすぐ隣りに雪が落ちてきた。

突然のことで驚いたもののただの雪だと分かり、私は安堵の息を漏らした。

雪と共に落ちてきた枝木を手に取り何となく堅さを見る――…もしかして。





《――たとえ偽物であろうと、魔法を紡ぐのは同じだ》





つまり……変化させていない物でも、多少の無理をすれば“杖”として使えるかもしれない。

神経を集中させ、肯定をする時の様に望む条件しっかり頭の中で描き――唱える。






「Lumos!」






ぎゅっと閉じていた瞳を開き、私は何時もより若干頼りない光を枝の先端に見つけて、安堵した。

よかった――防衛策が一つ出来た。


臨時の杖をしっかり右手で握り締め、左には鞄を支えて足跡一つない雪の上を進む。

サクサクッ……と軽快な音が足元からしているが、私の心はそれとは正反対に闇に沈んだままだ。




逃げると言う罪悪感。と言い切ってしまえば終わってしまいそうな、微妙な感情。


何も変えられなかった後悔。と言えば綺麗に聞こえてしまいそうな、アンバランスな心。




「…見殺し」




自分が口にした言葉に、私は驚き、足が止まってしまった。

見殺し…そう…――身を切り裂いても、守るべきものだったかもしれない。

抑えていた感情が疼き始めるのに気付き、追い払うようにして雪に沈む足を動かす――その刹那。







シュッ


「痛っ」





右頬にピリッとした痛みが走り、すかさず手袋をした手で痛んだ所を押さえた。

気のせいだったんだろうか、でもそれにしてはギンギンとした痛みが絶えず続いている。


ゆっくり手をどかし、手袋を見れば――赤い物が生地に染み込んでいた。





「何で…?」






私は原因を探すべくあたりをキョロキョロ見回す……そして見つけた。


深く深く老木に突き刺さっていた――一本の矢を。










うわぉ、重たいね展開。私倒れちゃいそう。
禁じられた森で弓矢と言えば…思いつく方は何人か居るはず。
でも、けっこう無謀な事してる気がします。


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