"An uneasy whirlpool is rolled"
私は、脆かった。
酸化して、赤錆まみれになって
皮膚が剥がれて、そこから又酸化して……
どんどん、脆くなる。
秘密の部屋の話題以外、最近耳にしていない気がする。
……あの日の事で、私は誰からも"大広間にいなかった理由"を聞かれる事は無かった。
極少数の人間にしか、私はもう"見えない"のだ。
存在の希薄化を強化し、もう私はこの世に居ないに等しい……。
メアリーには――もう会いに行く事はできない。
いや、そもそも無理だったのかもしれない…物語に入り込もうとしていた私が。
きっと、私が色んな事をメアリーに隠して、一緒にいた事をメアリーは気が付いていたんだ。
――…私は、本当にずるい。
「何見てるんだっ!」
三階の女子トイレ近くを歩いていた私は、その声に一瞬たじろいたが、
曲がり角の先を見るとその理由が分かった。
管理人のフィルチが、三階の女子トイレ前に立ち、生徒が通る度に怒鳴り散らしているのだ。
そして、彼が立つ背後には――血の様な赤の文字が不気味に輝いていた。
…メアリーの後を追った時、私はこの文字を見ていなかったから、多分すれ違いになったんだろう。
胸が痛い…――私は回れ右をして、重い足を引き摺ってもと来た道を戻る。
行きたくない、あの場所には……多くの者が傷つくのを、止められなかったあの場には…。
一人で、私は心此処に在らず状態で廊下を歩き続ける。
誰かが話していても、頭の中に留まる気配すらない。
……私、何でここにいるんだろう。
誰も救え無い、何も止められない。
帰りたい、帰りたい、帰りたい……。
「ねぇ、ニコラス!どうしても教えて欲しいんだ!」
突然耳から入ってきた大きな声に驚いて、私はすぐさま聞き耳を立てて曲がり角の先にいる人物達の様子
を伺う…チラリと先を見れば、非常に困った表情を浮かべるサー・ニコラスと、そんな彼に詰め寄るハリーの
姿があった。口調は少し押しが強くて、とても真剣だ――どうしたのだろうか。
「ですから、ハリー。私は彼女に"名前を言わないでくれ"と止められているのですよ」
「…分かってるよ!でも、どうしても、どうしても彼女について知りたいんだ!」
"彼女"……話の内容から察すると、私の事について話している予感がする。
ハリーがあの会場に居て、歌を聞いた予想は付くけど……何故あそこまで必死に訊くのだろうか。
焦るニコラスは、汗の出る筈の無い額に手を置きながらハリーに聞き返した。
「…ハリー、どうして貴方は彼女の事が知りたいのですか?」
理由も分からず答えを求め続けられれば、そう言いたくなるのも無理はない。
そんなニコラスの問に、さすがに勢いがあったハリーも口をつぐんだ。
……あぁ、できれば早く言って欲しい。
「実は……ボクがホグワーツへの入学が決まった夏休みに、叔父さん達とロンドンに行ったんだ。
ダトリーが制服を叔母さんと買いに行ってる間、叔父さんとボクは噴水がある広場に居たんだけど、
叔父さんがトイレに行ってる時――…綺麗な声を聴いたんだ」
…ドキッとした。原作とは内容が違うし、ディーン君のみならず……まさかハリーまで…。
耳をそばだてて、ハリーの声をもっとよく聞こうとする。
「…凄く綺麗な女の人の声で、今まで聞いた事の無い言葉の歌だったから……
ボクはその声が聞こえる黒山の人だかりの先を見ようとしたけど――叔父さんが戻って来ちゃったんだ」
ハリーの顔を見ると、私は思わず息を呑んだ――…彼の顔が、メアリーと完全に重なったのだ。
どうしよう、どうしよう……。
私はこの力の所為で、どんどん人の生きるべき道を崩してる…。
「あの人とハロウィーンの人は同じ声だった!
出来ればもう一度会いたいと思ってたんだ!だから、お願い!せめて彼女の…」
「…――そう言う事なのですか…分かりました。彼女に訊いてみましょうか」
パニックに陥っている私を尻目に、二人は何故か意気投合し始める……此の侭じゃ色々と問題が…。
深呼吸し、どうすればいいか考えて考え抜く……これ以上一緒に居させるのは不味い…。
「サ、サー・ニコラス!!」
息切れをしている様に装った私の大声に、二人は驚き目を見開いた。
…ニコラスの顔には"ヤバッ"と言う雰囲気丸出しだ……とりあえず行動に移さなければ。
「四階の廊下で、ピッ、ピープズが暴れて……早く手伝いに来て!!」
「…わっ、分かりました!」
……本当に、こういう時強引にゴーストを連れて行けないのが残念だと思っていると、ハリーも言う。
「ボクも手伝…「ううん、多分変に生徒が近づくと危ないから大丈夫です!」
そうキッパリと冷たい程にハリーの提案をぶった切ると、私はニコラスと共にその場から離れた。
〜§〜
「ミ、ミス・?」
いつも以上に上擦った声で、ニコラスは四階の"元・立ち入り禁止の部屋前"で私に話し掛けてきた。
此処なら、去年の事もあって中々人は来ない……絶好の密会場である。
少し額から流れる汗を手で拭きながら、私はニコラスをキッと睨んだ。
「……あそこで私が来なかったら、ハリーに何か言っていましたよね?」
「いえっ、その…」
言葉に詰まっているニコラスだが、私はそれ以上にまだ焦っていた。
今、ニコラスとハリーを引き離したが、完全に二人の行動を制御するのは不可能……
――…でも、其の侭にしておけば、絶対二人は"私の矛盾"に気が付く筈だ。
『病気で学校に入れなかった私が、何故入学前にそんな事をしていたか』
詮索好きの二人の事だ……その火種を、もし教師達に撒き散らしたら…。
「……もう、これしかないんです――ごめんなさい」
ニコラスは不思議そうな顔をしたが、その瞬間その場で完全に静止していた。
……未完成の、言葉で制御した魔法を放った杖が利き手の中で震えていた。
今放ったのは、危険極まりない最終手段の魔法だ。
魔法と言うには強すぎて、そして又不完全な"人の行動に制限を掛ける魔法"
触れて欲しくない物にバリアを張り、決してその内容を口に出させない……一種の"秘密の守人呪文"だ。
実際にやった事は無いが、こうでもしないと駄目だ――許して、ニコラス。
彼が動き出す前に、私は凄まじい吐き気に襲われながらもその場を去った。
重い足取りと、寒気に皮膚を擦った様な両腕の痛み――そして、吐き気。
倒れたい、出来るだけ表情に出さない様にしながら一生懸命人通りが少なさそうな廊下を進んでいく。
次の授業も何なのかわからない……瞼が重い、目が乾いて視界が回る――――。
――…私の精神は地へと落ちた。
"秘密の守人"は、勿論ポッター夫妻の例の呪文です。
あれは場所を守る物であるわけで、これはそれよりハード
(と言うよりさんにしか出来ない)
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