"The moonlight under"











「ハァッ…ハァッ…、ハァッ……」



自分の荒息で、朦朧としていた意識を現実に戻す事が出来た。


目の前は先程と同じ闇に見えたが、暫くすると五感も取り戻し、

今居る場所が人気の無い森の中である事が分かった。




「ハ…、ハァ〜………」


息は正常なリズムを取り戻しつつあったが、其れとは引き換えに、

私の足はとうとう震えを押さえ切れずにその場にガックリと膝を付いた。


現実を見詰められるか――そんな言葉が脳内に過ぎった私は、無意識に頭を微かに横に動かしていた。
 



黒魔術に、影達から突き出された棒――私はこの正体を知っていたが、あえて今は認められなかった。

――マグル、そして死の呪文……この事を認識するのを拒絶した状態で、此処にいられないと思った。




「…ハッ、ハリー……ポッタァ…?」


口に出して認識を試みた。これは予想以上に効果があり、私の脳内の記憶から発言した言葉の備考が

次々に飛び出す。







『ハリー・ポッター……外国のベストセラー児童書に出て来る主人公名。

    初認識は小学五年生。現在、原書は六巻まで発売。そして完全なる“フィクション”――――』




充分過ぎた。記憶の奥に閉まって置いた情報を、いとも簡単に引き出してくる自分の脳味噌を呪った。


ここ最近読んでいなかった私が少し悪いと感じながらも、出来るだけ冷静にさっきの出来事を分析し直す。


ハリー・ポッターシリーズに、私は完全に嵌っていた。しかし高校一年ともなると、多忙な日々で

華麗なる読書習慣はあっと言う間に消え去ってしまっていた。


でも、今でも記憶の中にしっかりと残っている。あの棒は、まさに映画化されたハリーポッターに

出て来た杖その物であったし、マグルと言う単語はもはやあの本の中しか出て来ない言葉だ。




――本……!?


「本…………ッ!」







《……おーぃ、バイト始める前にその詰まれた本を一番上の棚にしまってくれ!

       なんてったって、かの有名な児童書の原書が手に入ったんだしな……》





店長の言葉を思い出しながら、私は急いで両手を使って散らばっていた本を探り当て、目の前に積む。

私以外に、アッチからコッチに来ているのはこれ等しかない。


微かな月光で照らされた六冊は、何故か表紙が真っ白になってしまっていた。運んでいた時には、

しっかりと(英語だが)文字が書かれていたのだが。





「…説明して頂けますよね?私を連れ込んだ張本人様方?」



積まれた本達に対して、鋭い視線で私は訊いてみた。


はたから見ればとても奇妙な光景に見えるかも知れないが、私はこの本達が『普通』で無い事を

先刻恐ろしい程知らされた。


多分、さっきの出来事は私に責任があるとはとても思えないし、どちらかと言えば目の前にある

六冊の方が彼等の目論みの核心に近かったとも思う。


問い質して、数秒……不自然な風が吹き、一番上に積んだ本のページが捲れる。


月光だけでは見辛い事他無いので、その本だけ手に持って何か書かれているのかと見ようとした瞬間。


――光る文字が浮かんできた。
















――汝、“具現者”となりて、我らを導け。





「はっ?」



唐突な言葉が、行き成り不思議な本から出てきたもんだ。驚かない私がいたなら、

其れは私じゃないと思った。


本が言う“具現者”とは、私は一度も生まれてこの方聞いた事がない言葉だった。





「…あのー。もっと詳しい説明を、すごく簡単な言葉で話して……いや、表してください」




微妙に、驚きの(又は恐怖の)オンパレードに慣れてきたのか、少し呆れ気味に口にした。

すると、本は最初の言葉の下から、長文をスラスラと表してきた。





 汝は、先刻の出来事によって我らと共にこの世界へ来てしまった。

 無論、我らが望んだ出来事ではない為、帰るのも、帰す事も出来ない。


 しかし、我らはこの世界では“預言書”同然。

 先刻の様な者達に我々が見つかれば、間違い無く、多くの者の死が定まってしまう。

 汝が許すのであれば、我らの“具現者”となり、闇の者からの手を遮り、



 微かながら運命を変えて欲しい――。







……よく、考える時間が必要だと思った。でも、そんな時間が私にあるだろうか?

明らかに無いのは知っている。と言うより、想像以上に私は大きな事に巻き込まれている。


さりげなく本は、私に『帰れない宣言』をしているし、

其れと同時に『自ら危ない道に入ってくれ願い』まで出だして来ている。






……――――これは完全なる脅しと取っても良いですか?


「えー、無理!と宣言した所ですが……多分無理な事なのでしょう?」







無論。





 あ〜あと、溜息をつこうとした――――――その時。




『ガサリッ』

「!誰!?」



そう言っている暇は無いとも、判断していた。よく思えば、ここが安全地帯と誰が決めた?


あの場所とは風景はかけ離れているが、ほんの数メートルしか離れていない可能性だってある。



密かに、両膝を動かし始める。すると、右足に何かがぶつかり思わず其方に顔を向ける。

すると、意外にもそこにあったのは、本をしまう時に台の近くに置いておいた私の通学鞄だった。


ある方が不思議な存在に、一瞬気が散ったものの、すぐさま音がした方を睨む。





沈黙が、何故か長く続く。気のせいだったのだろうか?……いや、この森には風さえ吹いていない。


虫の音なんて風流な物すら聞えないのに、そんなのありえるだろうか。





《……イッツ、ダッシュ!!》



心は素直だった。この森は凄く危険な気がする。恐怖から逃げたからと言って安堵してはいけない。


音がした方向を睨みながらも、手にした本と目の前に置いていた本達と、

通学鞄を握り締めて、猛ダッシュを開始した。




『バーン!』



「ぎゃっ!?」


嫌な予感は、意外と当たってしまう。私がさっきまでいた付近から、青紫色の火柱が上がる。

私の身長の三倍程の高さで、思わず振り返ってど肝を抜かれた。


再びの恐怖に、思わず自分の精一杯だと思っていたスピードが、更に上がった気がした。




「ねぇ!預言書方!なんか、で、出来無いの!?」



必死に訴える私に、更に火柱が迫る。こんな状況に意外と冷静を保っていられる私が変かもしれないが、

それは今は気にしてる暇が無い。





 ――――名を、申せ。




頭の中に響くはっきりしない声に、驚く暇も無く、脳内にハッキリとしない声が響く。


絶対、今手にしている本からの声だと、一瞬で認識し、叫ぶ様に名前を言う。





「わっ、私の名前は!…!!」








 走る前方から、光に包まれた――。












編集 5/10


まだまだ疑惑の多いさん。
とりあえず名前を出しました。次は、本達からのご説明&+αです。


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