カツッカツッ……
日が沈み、蝋燭が灯っている廊下を"私"は歩いていた……しかし、その姿はもはや私ではない。
茶髪のウェーブのが掛かったセミロングに、闇に負けず劣らずの黒の瞳。
そして、大人びた黒いドレスローブを着ている…――恥ずかしながら、これが今の私だ。
姿を変えるのにそんなに手間は必要なかった。自分を本来の姿に戻し、髪を綺麗に同色に統一させ、調合
した成長薬を飲んだだけだ……他人になるポリジュース薬とは違って"基本"がある変身は楽だと知った。
服は、髪同様に"基本"に戻してから変化させ、今のドレスローブとなっている。
「…でも、いいドレスローブが思いつかなかった……」
ズン、と一気にテンションがダウンした私だが、ぐぅだぐぅだしても仕方が無いので気を取り直して会場へ
向かっている。会場とは、勿論あの冷凍庫の同じ気温の地下室であると知って、私はしっかりと防寒呪文と
臭気緩和呪文を身に掛けて歩いていく。
カツッ、カツッ……
本当に、変な感じだ。廊下には人っ子一人、そして肖像画にすら誰もいない。全校生徒と教師群(勿論、
ホグワーツ管理人も含まれている)は大広間で愉快で豪華な夕食タイム。そして、肖像画達はニコラスの
招待によって地下牢に集まっているらしい。
――…確か、ニコラスが肖像画の住人も来れる様な工夫をしたらしいが、行って見ないと分からない。
私は、本当に(今現在)誰もいないホグワーツの校舎を歩いて行った。
〜§〜
「…うゎ、寒ッ」
地下室へ向かえば向かう程外気温が下がっているとは感じていたものの……中は想像以上だった。
乳白色と、青白い不気味な輝きで地下牢は溢れかえっていた。ギィーギィーと、耳には絶対良くない様な
BGMが地下牢に反響し、何重ものメロディーを生み出していた。防寒呪文が、この寒さに耐えられるか
不安になり、私は地下牢の隅で強化した防寒呪文を唱えた。
――…原作を超えてる……と、素直にそう思ってしまった。
「…メアリーは、どこかな?」
強化した防寒呪文でも常に鳥肌が立ってしまう冷気は防げず、取り合えず私は約束の時間より早めに来て
しまったので、依頼主のニコラスより先にメアリーを探し始める。
メアリーは、私がニコラスの願いを受け入れたのは知っているが、私が姿を変えて此処に来る事は知らない
のだ待たせていては悪いと思い、一生懸命乳白色の群れの中から、あの三つ編みを探そうとする。
「…もしや、ミス・ではありませんか?」
その声に、私は本人が近くがいるのも構わずに大きな溜息をついて、後ろを振り返った。
…予感どおり、そこには目が輝くニコラスが立っていた。
「えぇ、そうです……良く分かりましたね」
「いえ、地に足が着いている招待客の方は指で数える程しかいらっしゃいませんので」
そう言うと、ニコラスはスルスルと動き始め、私もメアリーの事を気にしながら着いて行く。
後に着いて行くと、壁に大きな横長の風景画が掛けられていた。
「…これは?」
「それは、他の肖像画の方々に来て頂く為に置いてあるのですよ。こうすれば他のゴーストとも話せますし」
確かに、場所を設置すれば肖像画の人物達は直ぐ移動できる事は知っていた――…五巻で出てきたし。
肖像画って、もしかしたら変な意味で凄く便利なのかもしれないと、今再確認。
「……それにしても、一瞬どなただか分かりませんでした…どうしてこんな事が?」
「サー・ニコラス…それを訊くなら歌いませんよ?」
なんか、弱みを掴んで脅す女になり始めてしまった私に、ニコラスは見えぬ冷や汗をかきながらも言った。
「勿論、ミス・が嫌がるのでしたら、訊くのを控えましょう……所で…」
何故か急にキョロキョロして辺りを見回した後、ニコラスは私の耳元で小声で囁いた。
「今日は、どんな曲を歌ってくださるのですか?」
「……日本の歌で、"朧月夜"と言う歌にしようと思っています」
「オッ、オヴォル…ヅキョ?」
いきなりのニコラスのカタコト日本語に驚き、私はその場で跳ね飛んだ……何故!?
あぁ……日本語の歌だから"朧月夜"はそのまま"オボロヅキヨ"ってニコラスには聞えたのね。
「えっと、"薄暗い月の夜"って意味です……多分"Dim moon night"と言った方が早いでしょうか?」
「…素敵な歌の名前ですね。さっきの異国語の発音、お上手でしたよ!」
……褒められた。母国語がうまいって褒められた…なんか虚しい。
ズーンと、一気に落ち込む私に気付かないのか(又は完全無視しているのか)知らないが、ニコラスは私を
置いて少し段差が付いているステージに上がって、演奏者達と話を始めていた。
私はする事が無く、肖像画と肖像画の間の壁に寄りかかってニコラスが戻ってくるのを待つ事にした。
その間、久々に見た自分の姿を見る為に手鏡を取り出して見る。
……私、少し痩せたかな?
確かにあんまり食べ物も口にしなくなったし、どちらかと言えば"代償"で苛立っているのかもしれない。
今は"代償待機"をさせている為、各部の痛みもないし普通に生活しているけど……。
――…休みの日ぐらいは、解除しよう。そうしよう。
「…ほぅ、今日のパーティーには死人以外の者が居るのか」
「そう言う貴方は――どちら様ですか?」
突如聞えた誰かの言葉に、テンポ良く質問を投げかけると、風景画ににゅっと現れた威厳の老人は、何とも
勿体ぶった言い方で返して来た。
「人に訊く前に、まずは自分から答えるのが礼儀であろう?」
「……・です」
肖像画相手だ、と思って久々に私は本名で名乗る……何故か懐かしさを覚える私は変だろうか。
すると、相手は素直に答えた私に嫌々名前を名乗った。
「…フィニアス・ナイジェリアスだ。君は…ニコラス卿にとってどう言う客人かね?」
…うわーっ、思い出すのに数秒掛かったけど――シリウスの祖先の方だ…。
肖像画の方が来ているとは分かっていた物の、名乗る相手も出会う相手も間違えた気分だ。
くるりと向き直って、さっさと立ち去りたい……そんな衝動に駆られるものの、にこやかに答えた。
「……単なる友人です」
「…ニコラス卿に、生きている友人が居たのは驚きだ……いや、特別な友人がいる方が驚きだな」
五巻で拝見するよりも、一層意地汚い気がするのは気のせいかもしれない…うん、多分そう。
でも、さりげなく"特別"って彼強調してた気がする…私はその事について訊く。
「それは…どう言う意味で「お持たせしました!」
振り返ると、ニコラスが穏やかな笑顔で私に話し掛けて来た…なんか、ニコラスって、タイミング悪い?
私が弄っていた髪の毛から手を離し、彼の方に完全に向き直るとニコラスは言う。
「今、演奏家達に話して参りました……では、そろそろお願いします」
「…私の名前、言ってないですよね?」
「はい、紹介の際にも、そして今後も決して言いません……では、ステージの方へ」
ニコラスが先にステージへと移動し始めたので、私は急いでナイジェリアスさんに挨拶しようと思ったが……
何時の間にか肖像画から消えてしまっていた。
その時――私は、出入り口から出て行く一人の少女を見た…メアリーだ。銀の滴を輝かせ、会場から出て
行ってしまった。私は直ぐ追おうとして足を一歩踏み出したが、その瞬間ステージ上から声が響いた。
「…みなさん、静粛に!」
いつもとはとても不釣合いなニコラスの大声に、会場に居る全てのゴースト達(もしくは少数の人間)が動き
をやめた。あの陰気なバックミュージックを奏でていた演奏家達も、スーッとステージ上から姿を消した。
「……今宵、私の強い頼みで繊細な歌声を持つ一人の女性をお招きしました。
では、拍手でお迎え下さい!」
……今、物凄くメアリーに会いに行きたい。引き止めて「私は此処よ!」と言いに行きたいが…
私は、聞こえない拍手に迎えられ(ゴーストには聞えるらしいが)、ステージに上がった。
ステージ中央に私が来ると、ニコラスは直ぐ去ろうとするので、すかさず質問した。
「…拡声呪文はした方がいいですか?」
「いいえ、多分大丈夫です……幸運を」
ステージに一人残され、私は急に乳白色の群れの視線を一気に受ける事になった。
…――血が、ざわめく。
「ご招待、心から感謝いたします。では、歌わせていただきます……"Dim moon night"」
頭の中で、思い出す。
幼き日の、音の記憶を
心の隅にしまわれていた
埃の被った日本の歌を………
季節を考えてないようです。さんは(朧月夜は春の歌)
…そして、ニコラスが偽者っぽくて仕方が無い。
暫らく、黒背景ですのでよろしくお願いします〜。
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