"Thing to take the place...
of my world"

















眠た眼で見詰める砂時計は、何故か普通の物より恐ろしい程ゆっくりだった。

その砂の落下は、私に更なる睡魔を差し向けて、意識を地に沈めようと躍起の様だ――が、



様!容器は此処に置いておきますので、ご自由にお使いくださいませッ!」



私の知ってる中でも、更にか細く高音質の声に、私は素早く上半身を起こしてそちらを見る。


そこには、もう見慣れた存在が立っていた……深い藍色の大きな瞳で私を見詰め、白いワイシャツと紫色の

半ズボンを身に纏った体で嬉しそうにピョンピョン跳ねる屋敷しもべ妖精――ポルンだ。



「ありがとう、ポルン。ごめんね〜未だ後片付け終わってないのに場所借りちゃって」

「とんでもございません!ポルンは、様の役に立ててとても幸せでございます!」


椅子に座っている私の目線より少し身長が低いポルンのとても幸せそうな笑顔を見ると、なんか落ち着く。


ポルンは、最後に深々と会釈をして他の屋敷しもべ達と同じ様に、夕食の後片付けに戻った…一人、厨房

の一角を借りている私は、何と無く申し訳ない気持ちに襲われたが、取り合えず気にし無い事にした。



最近、私は夕食の後よく厨房に足を運んでいる。理由は簡単――日本料理が恋しくなったからだ。


あんなに毎日見るだけでお腹一杯になりそうな料理を目に焼き付けているのだ…根っからの日本食ファン

の私が恋しくならない筈が無い。だから、軽い日本食なら作れるだろうし、行っても損は無いだろうと思い、

厨房へ来ている訳だ。



私はチラリと火に掛けてある鍋を見詰め、蓋が中からの熱気でカタカタと動いているのに気づき、すかさず、

私は火が出ている場所の近くに取り付けられている摘みをグィっと動かし、一気に火力を落とす。


――一見、誰がどう見ても(聞いても)火を出しているのがガスコンロだと思うだろうが…それは少し違う。


確かに、私も最初に此処に来てポルンから説明を受けるまでは"ガスコンロ"に見えていた。

完璧に元居た世界の形と同じではなく、少し形が単純だが、それでも十分機能すると思った。






「…これを使って料理をする時は"火炎出現魔法"を使わなければ成りません!」


そう言って、ポルンは少し皺がよっている自分の右の掌を上に向けて色が中々定まらない炎を出す。



「そして火を吹き出し口に近づけて、空いた手で摘みを最大まで捻るのでございます!」


ポルンは少し落ち着き払った動きで、吹き出し口寸前まで炎を持って行き、素早く空いている片手で摘みを

捻り、炎を保っていた手を吹き出し口から離す。すると、其れと同時にかなりの高さまで吹き出し口から炎が

勢い良く上がった。



「ポルンは手で火を移したのですが、様は杖から炎を出しても大丈夫であります!

 少しすると火が落ち付くのであります!その後は、摘みで炎を調整してくださいまし!」


「……何で、炎は燃え続けているの?炎を持続させながらも、それを調整出来る

 何かが吹き出し口の奥にあるの?」



私が早口で質問すると、ポルンは空いている一つの吹き出し口に手を入れ、赤い小石の様な物を見せる。


透明感があるキラキラとしたその石は、一個ずつの大きさは小豆の様に小さいので、ポルンの手の上には

ジャラジャラと音を立てる程の量の赤い石が犇めいて(ひしめいて)いた。



「これは"魔留岩"と言う物で、これを吹き出し口の下に敷き詰めて置く事によって

 出現させた炎を留めて置く事が出来るのです!」


キラキラと、ルビーにも劣らず輝く小石を摘んで色々な角度で観察し、暫らく見詰めた後ポルンの手の内に

戻す。手で持っていた小石をザラザラと再び吹き出し口の奥に流し込む様に戻しながら、ポルンは続けた。



「この"魔留岩"は、この様に細かければ容易く制御が可能なのでございますが、

 大きくなれば成る程扱うのが大変なのでございます。

 そして、均等に火力を保つ為にも一粒ずつがとても小さいのであります!」


 ポルンはそう言って、私に別の物の紹介を始めようと移動した――――。







ポルンの説明を思い出しながら、私は考えていた。



今まで生活した中で、私は魔法界で電気製品を見た事がない。


だから、電気製品で日々の生活を送っていた私は「電気製品の変わりに何を使っているのだろうか?」と

気になってはいたが――それは愚考だと、この"コンロ"を見て思った。


此処には、魔法があって、魔法で電気製品の代わりが出来ない筈など無いのだ。実際、私が今使わせて

もらっている"コンロ"も、中学校の時理科の実験で使った"ガスバーナー"の応用みたいな仕組みだし……

結局、娯楽や情報入手の価値観が少し違うだけで、本当は私達の方が劣ってるんだとハッキリした。


頭の中で、何時もの"自論"と言う奴が始まってしまった為、何とも言えない憂鬱感に溺れてしまった。


この世界を紐解けば紐解く程――決して表に出てはいけない物がうじゃうじゃ飛び出して来て、私に劣等感

を覚えさせる……本当に、本当に私は非力であるって事を、目の前で暴露される気持ちだ。




『ピコンッ〜ピコンッ〜……おぃ!料理が焦げちまうぞ!』


眼前に置いていた"経過時間通知砂時計(つまり、デジタルタイマーの砂時計版)"が全ての砂を落とした

瞬間、ギャアギャアと設定した時間が来た事を報告する……少々口が荒い気がするけど、気にしないどく。


座っていた丸椅子から立ち上がると、一日中私を苦しめていた両膝の痛みが再び襲い掛かってきた。



「イタッ……ツゥ〜…」


両膝を左右の手でゆっくり摩るが、それが全く効果が無い事を知っている……つまり、これこそが本達から

課せられた"代償"だからだ。


継続して"肯定"を続けた場合、肯定の更新をする度に"代償"は変わっていく。頭痛や眩暈、吐き気や悪寒

――其の全てが、実際に体が支障をきたして発している物では無く、脳に直接"ありもしない症状"がぶち

込まれているので、薬を飲んでも治癒魔法を試みても、ハッキリ言って意味が無い。


そして、今日一日分の"代償"は"膝関節部分の痛み"と言う事に成る。



「…にしたって、運動とかしない私に"肉体的苦痛"はキツイってば……」



そうは言っている物の、実際は相変わらず素性を知られるのを恐れているから、こんな事をしてる訳で……

でもぶっちゃけそんな毎日送ってたら私ペッシャンコになりそうだなぁとも思ったりして……。


あぁ――めんどくさい!もぅ、取り合えず考えない!!




「さぁ〜て!私の愛しい料理は一体どうなったかな?」


異様に甘い声を出して、頭の中に渦巻いた全ての感情と思考を爆破させ、白紙状態にした上で私は火に

掛けている鍋の蓋に手を伸ばす。


パカッと言う効果音の後――私は、何とも言い表しにくい感情を抱いた。




銀の舞台で踊る新鮮野菜達を、豚肉特有の旨みで更に引き立てる……

 ホクホクのじゃが芋に――自然な甘さの人参――味を調える玉葱――そしてサッパリとした豚肉――。

 その全てを、濃厚な調味料達でより一層、食す者に極上の幸せを与える…――。




――つまり、(遠まわしだったけど)私の肉じゃがは完成したのである。


近くにある小皿を手で取ってから肉じゃがを装い、鞄の中から持って来たお弁当の箸でパクリと食べる。



…うまぁっ!!


凄く懐かしい味を、自分で表現出来るほどの力が有って良かったと、私はホッと溜息を漏らした。

いや、前の世界で私は"専業主婦"ならぬ"兼業主婦"だったから。


…――母親が出て行ってから、二年も経てばそれなりの料理は出来るようになってしまう。


別に料理する事を無理強いさせられた事はない。でも、必然的にやる場合だってあった。だけど、私はそれ

以上に料理とか、掃除とかで"人を助ける事が出来る"のが好きなんだと思う。



――…人って言うのは、他人の幸せで自分も幸せになれる唯一の生き物なんだ。

 だから、自分が相手の幸せを受け入れられれば、何十倍、何千倍だって

 何時までも幸せで居られるんだ…。




懐かしい声……父が随分前に私に言っていた言葉だ。


懐かしくて、本当に一瞬目が潤んだ気もした――会いたい――でも、そんな邪念を振り払って、私はせっせ

とポルンが持ってきてくれた容器に出来立ての肉じゃがを分けていく。



「おし!完成じゃぁ〜!」


シンクに並べられた容器二つに肉じゃがを収めると私は、小さめだが歓喜の声を上げてしまった。


そして、並べておいた容器の若干ながら小さい方を手にとって蓋をして"固定呪文"を掛けた――これは、

夜食とか時々食べたくなった時に直ぐ食べられる様に寮に持って行く分だ。

テキパキと帰り支度をして、最後に使った箸を洗剤で洗って、ポルンを呼ぶ。



「どうなされましたか!様!」


「あのね。この料理保管しておいて欲しいの。ちょっと作りすぎちゃってさ……」


確かに、シンクの上に残してある肉じゃがの量は、明らかに家族全員で食べるような量だ。

まだ熱い容器を持って、ポルンに渡すと「かしこまりました!」と言って、去ろうとする。


「あ、待って!」


まだ用事があった私は、急いで声を上げてポルンを呼び止めると、言った。


「""じゃなくて、今度からって呼んでね〜」

「……分かりました!是非、又お越し下さい。様!」




ポルンは、とても幸せそうにテコテコと歩いて、保存庫の方へ行ってしまった。

私も持って来た肩掛け鞄の中に肉じゃがを入れて、厨房の出入り口へ足を進めた。



「是非、又お出でになって下さいまし!」

「お役に立てる事があったら、是非お申し付け下さい!」



出入り口に行くまで、他の屋敷しもべさん達に色々声を掛けられた。



「ありがとう!又来ます〜!」



ニッコリ笑顔で最後に振り返ると、私は厨房を出て少し寒くなって来た廊下を足早に走って寮へ向かった。





なげぇ!!
いらない物詰めすぎた?かもね…。
さん、父子家庭である事が判明。
…厨房は、今後も出てくる予定で、次の話で大きく動きがあるでしょう(未来形かよ…)
――魔岩石は失敗かしら?でも、ガスも電気も使ってないのにどうやって料理するのかって事に成ったら…ねぇ?
(すみません、もしかしたらスランプかもしれませんっ!)


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