"It commands a view.......
of the delicate moon."


















微かな冷気が篭った夜風が、ヒュウヒュウと音を立てて私に体当たりしてくる。

しかし、不安定な物が実体を持つ私に勝るはずも無く、私に快感を与えて、吹き抜けていった。


「う〜ん。いい風だなぁ」


口にしながらも、夜風の悪戯で弄ばれた髪の毛を後ろに払いのける私……そんな私に、後方にいる彼女が

嘆きの声を上げた。



「良いわね、は……感じる体も、揺れる髪の毛もあって!」



私が振り返ると、彼女――メアリー・マートルはいかにも不満そうな表情を浮かべながら、屋根の向こうへ

擦り抜けて姿を消してしまった……いや、ごめんメアリー。わざとじゃないんだよ?


少しご機嫌斜めになってしまったメアリーに心の中で謝りながらも、私はここ――天文学の授業をする塔の

屋根からの景色を再び堪能し始める。





事の発端は、意外にもメアリーの一言だった。



「……素敵な場所があるの」



そう、その素敵な場所がここで、私は今紹介者であるメアリーと共に夜の密談を堪能している。確かにこの

場所は、星を臨む場所の近くだから、やはり星を見るには最高な場所だった。


それだけじゃない。今の季節、まだ少し熱気の篭った空気が漂う夜でさえ、ここは心の中に安らぎを与えて

くれる様な風がいい具合で吹いてくる。月が出ている夜には、禁じられた森の木々の葉が微かながら風に

揺られてキラリと輝き、何とも神秘的な物を私に見せてくれる。


――…ここは、そう言う所。




「ごめんってばメアリー!……此処を教えてくれた貴方に、私は凄く感謝してる」



独り言のような呟きだが、私は知っている。今の発言は絶対メアリーに届いている。

そして私の予想通り、メアリーは姿を消した反対側の屋根から、再び現れ、私の隣に浮遊する。



「……歌、歌ってくれるなら、許してあげる!」



メアリーは、眼鏡越しから素晴らしく輝いてる眼で、私にそうせがんで来た……うん。ちょっと怖いかな?

しかし、現在の私に拒否権は無いようです。私は歌うのが嫌いじゃないし、寧ろ歌いたい位なんだけど…。



「――…いいよ。ちょっくら待っとくれ」



よっこいしょ、と口に出しながら緩やかな傾斜の付いた屋根の上に立ち頭の中で何時もの様に言葉を構築

する――抜け目が無い様に、しっかりとした、完璧な"肯定"の言葉を。




月、繊月になりし夜に、自らが引きし線の内なる場のみ、私の声が届き、

 私が望むのならば、容易く線を無に還す――Wait Affirmation


――承認。代償待機。





何時もの、全く感情の揺らぎを見せない……本達の声が、聞えるのを確認すると、私は屋根の縁の部分を

ローブのポケットから取り出した杖でコンコンと軽く叩く――此れで、よし。


代償は、あえてこの場で発生させない。と言うより、発生させない術が有ると知ったのはつい最近で、私は

この"肯定方法"を重宝しているが、やはり受けるべき物を何時までも引き伸ばすわけにも行かず、最長で

一時間しか"待機"は持たないと、本達は言っている。



「…何時も思うケド、は変わった儀式をするのね」



不必要となった杖を、再びローブにしまい込む私に対して、メアリーは興味津々の様子で私に問うて来る。

いや、彼女が"儀式"と認識しているのは、私がそう説明したからである。


…確かに、ある意味で此れは儀式だ。外界からこの場を切り離し、もし巡回に来た管理人さんにもバレる

心配もない。意外と、この場所は城の外壁に反響して、音が大きくなりやすい場所なのだ。



「儀式っつーかねー…まぁ、いいや。所で、何の曲がいい?……あんまりレパートリーは無いんだけどね」


私が全ての下準備を終えてそうメアリーに聞くと、とても楽しそうに言ってきた。



が歌うのなら、何だっていいわ!」



何故か私の歌声を称賛してくれるメアリー様………でも、私は納得行ってない。

私は確かに人並みより歌唱力が高い――しかし、それはミュージシャンとは全く別物で、簡単に言うのなら

“たしなむ程度”だ。歌と言う存在は、私の趣味の許容範囲に含まれるだけで、それ以上の感情はない。

カラオケでも、甘く採点されて80点台留まりだ。


――…夏休み期間でも気になっていたけど…何故、私の歌声ごときに、路上活動した時の通行人や、

メアリーは絶賛の声を上げるのだろうか?



まぁ。くよくよしていても仕方が無いので、取り合えず自分の記憶に刻まれている音源を、

掘り起こし片っ端から脳内で再生してみる。


いい歌が無いな……歌を知ってるとは言っても、それを"歌える"かと成れば又別問題だ。

ボロボロの、継ぎはぎだらけに成ってしまった歌や、異様に自分の選択を望む歌やら……私の頭の中は、

今ドンちゃん騒ぎの真っ只中です。


しかし、ふと。全ての歌をなぎ払って、猛烈に迫った歌があった――これ、歌っていいのかしら…。



「…う〜ん。変わった歌なんだけど………変な目で見ないでねっ?」


私が、少し照れた様に言いながら後ろにいるメアリーの方を見ると――明らかに「そんな事しないわ!」

と目で訴えている…メアリーさん。もしや、眼力(≒目で意思を伝える力)は強い方でいらっしゃいますか。


えぇい!もう歌ってしまえ!!





「ジャージャージャージャージャァーン〜♪ チャラッラ、ランラララララン、ランララランッ♪

 ゲ・ゲ・ゲゲゲのゲェ〜♪」




・・・・・・・・






よりによって、何とも古い歌を選曲してんだ私!?しかもさり気なく前奏つきで!

それも、明らかに歌詞が(外国人には)理解されないような歌詞をっ!!


でも、いいじゃないか!ジャパンアニソン最高だっ!!

この前だって、どんな曲歌ってもメアリーが喜ぶもんだから、アニソンメドレーしったったよ!

ヤマトに、マジンガー、アトム、サリー……
そして極めつけは日本昔話(エンディング)…。




しかし、顔を紅潮させながらも一生懸命恥じらいを捨てて歌い切った私に、メアリーは音の出ない拍手を

送ってくれた…日本昔話でも崩れなかった笑顔が、今の選曲で少し歪んだ気がした――何故か嬉しい。



「……今日は、少し変わった曲を歌ったのね。なんか、グリンデローとか、ピクシーを思い出したわっ!」



――…う〜ん。何故か、大体の歌の内容を理解してしまうメアリーさんに、私は何時も驚かされている。

私、歌う時は明らかに日本語(の歌はそのまま)で歌ってるのに……何故だろう。


グリンデローやピクシーか……つまり、こっちで言う"妖怪"は大まかに言えば"妖精"の事を示していると

聞えるんだろうな。明らかに、ゴーストの事を示している歌詞とは取られなかったのか……。



微かに見せていた顔の歪みが徐々に消えていくメアリーの顔を見ていて、ふと思った。


私の歌を聴いて、メアリーだけがこう言う風に歌詞の内容を感じ取っていると、最初は思っていたが、それ

では余りにも補えない部分が沢山ある。ゴーストも、生前覚えた言語のみしか理解も発言も出来ないと、

メアリーも言っているのだ。


…と成れば、やはり私の歌の方に何か"特殊効果"が含まれている可能性があるとおもった。

まぁ、確かに私が此処にいる時点、この世界に存在する事自体が"特殊"に入るのだろうけど……。



「ありがとう!……あのさ、メアリー。実は聞いて欲しい歌があるんだ」

「何々ッ!?から歌いたいって曲は、是非とも聴かせて欲しいわッ!」



私が、少し言いにくそうにそう話を切り出すと、メアリーはダイアモンドの様な煌く瞳で、私に熱い眼差しを

送ってきた――…本当は、(これこそ)あんまり歌いたくなかったんだけど…ね。


歌う前に、持って来た水筒の中の紅茶を飲んで喉を潤し、少しずつ次の歌への準備をする。

そして、又微風で揺れる木々を見下ろしながら、次の曲を歌う。



「……――――マイアヒィー マイアフゥー マイアホー マイアハッハァー…♪」



・・・・・・




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






イッツ、ルーマニアソング!

マニアなお方しか知らない、空耳ソングをテンポ良く歌い上げていく私。

それにしても……本当は歌いたくなかった…。


だって、これが歌えるって事は、かなりパソコン世界の深い所にいる人間って事だし、ましてや、まだ

この歌が有名じゃない時代の女の子に聞かせるのはかなりの躊躇いがありました……。


…――しかし、これで先刻の疑問に対する最終的な答えが出る。



「……ど、どうだった?」


意外に、ゲゲゲより肺活量を使うこの曲を歌い終わった瞬間、私は息苦しさで暫らく感想を聞けずに、息が

落ち着くのを待ってから、振り返ってメアリーの表情をじぃっと見詰める。



「…凄く、テンポのいい曲だけど……なんか少し悲しみが混じってる歌ね…恋の歌かしら……」




――…私の予想は、的中した。

この歌は、テンポとメロディーとは全くと言って良い程不釣合いな意味の歌詞の曲なのだ。


つまり、メアリーは音楽全体の雰囲気だけで感想を言っているのではなく、目に見えない"何かの力"に

よって歌詞の内容が理解できるみたいだ…やはり"具現者"だからこんな事が起きてしまうんだろうか…?



少し頭の中で解明した疑問を、更に疑問まみれにしながらも、上着の袖口から時計を覗かせて見る。

現在、午後十一時四十七分……そろそろ帰らないとヤバイかも。


持って来た小さい袋の紐を掴んで、ローブに手を突っ込むと、まだ難しそうな顔をしているメアリーに言った。



「ごめん。そろそろ戻るね〜……又、会いに行くよ!」

> 「何時でも来てちょうだい!待ってるわ!」


お互い、微笑みで友情を確認しあうと、私は取り出した杖で再び屋根の縁をコンッと叩き、そしてその杖を

自分に向けて、言う。



「Wingardium Leviosa Maxima!」



体が重力を感じなくなり、最近漸く慣れてきた感覚で、私は空中に浮遊している――…魔法では初歩だと

言われているこの"浮遊呪文"だけど、私は重宝してる。


強化し、私の魔力で制御すれば、これ以上心強い呪文は無いと思うからだ。


杖を自分に向けながらクィックィと進みたい方向に動かすと、それと同様にぎこちなく私の体も移動する。

そして、完全に体が屋根から離れた所で杖を今度は下へ下へと動かし、下がっていくが……まだ、遣り

始めて数週間しか経ってないからこうなのだ。文句あるかぁ!


でも夜風を肌で感じながら、こう降りるのも嫌いじゃない。寧ろ好んでこう言う事をやっている。



長い長い手首の運動の末、私はしっかりと地に足を着いたのを確認すると、すかさず外壁に寄り添って誰も

いないか確認する。足音もしないし、先刻別れたばかりのメアリーも、銀の幽体を揺らめかせながら中庭を

過ぎ去って行ったのが見えた……そう、本当に誰も居ない事を確認して私は小声で"会話"を始める。



「……分かってると思うけど、私の"能力"はあんな歌にまで何かしらの作用があるの?」


 ――具現者である君が"言葉"を使う様に、君の言葉には強い"束縛"が宿っている。

 本来の"束縛"などは、他者に影響など出さないが、君の言葉は其の可能性が格段に上がっている。

 他者は、説明出来ぬ"何か"を感覚的に理解したり、強く君の言葉が記憶の中に停滞する場合もある。

 ……その"影響"は、不確定で曖昧な物である為、君が望んで変える事は不可能に近いだろう。




長い説明の言葉を、私は確り受け取って頭の中で整理して行く……要するに、私の言葉は"特殊"の上を

行く物であるのが分かったよ。

『どうしようもない』と本達に言われたのがショックなのか、私はその場で少し動けなかった。


…――そんな理不尽な事があっていいんだろうか。


星を散りばめた天空に、微かな輝きを放つ三日月と新月を足して二で割った様な感じの物を。

ゆっくりみながら、軽く溜息をついた。




私は、一生色んな不安と戦いながら生きんきゃあかんみたい……。





貴方の、愛の一票を→ワンドリサァチ!


連載当初から入れる予定だったネタをとうとう詰め込みすぎた状態で完成しました〜。
ちなみに、出てきた「マイアヒー♪」は『恋のマイアヒ(邦題:菩提樹の下の恋)』と言う歌です。

……つーか、メアリーのキャラが違う気がして成らない今日この頃。あとねー繊月は月の形の名称です。

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