"I am an air human."




















ポタポタと滴が落ちて、床に小さな染みを幾つも生み出している。


長い髪を掻き分けて、自分の風呂上りの顔を見詰める。

鏡で面と向かって見ると、結構酷い隈が目立つ……それはそうだろう。オールナイトの連続だからなぁ。


でも、未だに……"此れ"が自分の顔だとは信じられないな。

今の私の顔は、日本人って言うより中国人っぽい顔の出で立ちしてるわ。


取り合えず、濡れた髪の毛を綺麗なタオルでポンポンと叩いて大体の水分を取り払いながら、部屋に一つ

しかないベッドに腰掛ける。眠たい……此処最近、疲労が溜まりッパだから一週間に一回位は一息出来る

日を作るべきだね。



「ねぇ……本達」

――なんだ。



何時も、質問すれば無機質&無感情な声で返事が来る――なんか、冷たい。

そんな事を気にせず、私はここ数日で溜めた疑問を一気に本達に訊く事にした。



「貴方達って、私が本名言ってから何で――実体が無くなってるんですか?」


 ――君が具現者に適する者として調べるには、真の名を我らに刻む必要があった。

 そして、君が具現者に適する者として判断した上で、我らは実体を消滅させ、君に同化したのだ。




なんか…其れって変な意味で嫌なんですけど。


同化されてるって…確かに、実体が無ければうっかり他人に"未来の情報"を漏らす心配は無いし、

私と何時も一緒って事に成るから、安全で確実だし…――でもなぁ…。



「まぁ、いいや……次はね。

 何で偽の魔法の杖なのに材質がこの世界で貴重って言われてる"菩提樹"何ですかい?」


 ――君が魔力を使う時点で、とても不安定である事は言っていたが、其の魔力から"魔法"を紡ぎ出せ無

 ければ意味が無い。なので、己にも強力な魔力が宿っている"菩提樹"で無ければ君が"魔法"を使う事

 が出来なかったのだ。偽物でも"魔法"を紡ぐのは同じ…だから、君の杖は"菩提樹"で出来ているのだ。





――…つまり、強力な物を制御するには、こっちも其れなりに力が必要って事ね。


そんなに特殊には見えないと思いながらも、私は自分の杖をじっくりと観察する。

映画で見た杖よりは、少し短めだろうか?でも、振りやすいからいいと、勝手に納得してみる。



「後、最後に一つ……私の素性に気付きそうな人が居るんだけど、此れは防ぐ事って出来ないのかな?」



そう、此れが私にとって一番の問題。


現在、私の中で(勝手に)作り上げた『素性(マグルとか、所在不明とか)がバレそうな人ランキング』では

四位…ディーン君 三位…ドラコ君 二位…ハーマイオニー 一位…スネイプ先生


って感じだ。特に、今現在で要注意なのが一、二位の二人だ……一年後ではあるけれど、ハーマイオニー

はルーピン先生が狼人間である事を暴いた。『絶対バレない』と言う確証は無いし、明らかに図書館での

出来事で私に関心を抱いている様だった――今言うけれど、彼女の頭脳が少し憎い。


そして……明らかに私の事怪しがってるのはスネイプ先生……教務室の一件は、見るからに勘の鋭そうな

先生には十分過ぎる程"疑わしい人間の"と言うイメージを付けてしまったと思う。

教師(大人)であるからして、やろうとすれば変な意味で深い場所まで詮索可能だろう。


私って…私って……結構ヤバイ状況下に生きてるんだな。



 ――無理ではないだろう。我らは、万能ではないが、君が望むと思われる事は叶える事が可能だ

 …しかし、代償は大きい。我らの話を聞くか?



分かった。と、小さく呟くと、頭の奥底から何時もの無機質な声がズラズラと溢れてきた。




 ――君が望む事は、自らの素性を暴かれるのを防ぐ…つまり"詮索を受けない立場を手に入れる事"

 であると、我らは理解した……具現者である君には、それが可能だ。しかし、その条件を"肯定"させる為

 には辛い"代償"が来ると我らは予想している。君の覚悟を訊く前に、我らは君にどうすれば君が望む

 条件を我らに"肯定"させるかを説明しよう。


 "肯定"には、詳しく言うのならば『断片』と『継続』の二つがある。君が今望んだ事は、『継続』を使う事に

 よって可能となるが、我らの継続の力は長くて一日……君が其れを望むのならば、毎日"代償"に縛られ

 て生きてゆかなければ成らない……戒めや束縛に晒される日々を、君は生きて行く覚悟はあるのか?




本達が、私の反応を待っているらしく、何も頭から響いて来なくなった。

その、問いかけられてる本人――私は、極限まで頭がこんがらがっていた。





――…私は弱い。弱くて弱くて仕方が無い、ちっぽけな存在なのに…

何で、自分の抱えられる範囲を超えた事をやらなくては、生きていけないんだろう。


此処に来るべきじゃなかったのか……本当は、何処かで新しい人生を歩むべきだったのかもしれない。

色んな理由を作って、此処に居るし、此処で生きてるけど――この私は、私なんだろうか。







「…ある。私は、此処で生きる」


…いや、生きるしか道がないだけだ。今の邪念は、振り払って意識の地の底まで沈めてしまおう。

今、此処で生きて行く事を考えよう。自分が、自分で有るかどうかなんて、考えてる場合じゃない。



――ならば、何時もの様に"肯定"の条件を上げ、"Continuousness"と最後に付ければいい。



その言葉と同時に、本達が話しかけて来る際に感じる頭のもやが消えた。ベッドにどさりっと体の重力を

与えると、ギキッと痛々しい効果音が響いた…なんか。凄く頭が本達が発する情報に付いていけない。


つまり、私は今日の夕食前に望んだ"空気人間"に成れるって事は分かった。

それには、やはり本達が言う"代償"が付いてくる事もちゃんと理解してる。



――…もう、生きれればいいや。


むくっと起き上がって、髪の毛をぐしゃぐしゃとタオルで掻き毟りながら、必死に頭の中で条件を積み立てて

いく――装飾された言葉…つまり、描写や言葉の綾が多く含まれる条件ほど、"代償"は軽くなると、本達

が言っていた。理由を訊く暇がなかったけど、多分その方が、本達も受け入れられやすいんだろう。



具現者とは、言い換えるのならば"内なる著者"



その者の言葉が、どれ程綺麗で繊細かで、作用が違う……らしい。

何か、変な決定事項に本達も縛れているんだろう。


構築した条件の言葉達を、口にする。




私は、存在を空気へ変え、私が望む時のみ、存在を具現化し、他人との接触を望む。

私に接する者の思考内に、私に関する感情や情報は必要最低限しか残留せず、

事務的な行動の際のみ、微かに存在を表に出す……Continuance


――承認。





無機質な、本達の声が聞えた――其の時だった。


「……っが!」


急に、激しい衝撃が体に走る。行き成りの事で、私はどうしようも無くその場に座り込む。

痛い――脊髄に直接螺子でも打ち込まれている様な、激痛が体の動きを抑制している。


息が、息がっ、出来ない………。




 ――代償、軽減。



本達の声が、頭に響いた――其れと同時に、あの痛みが、苦しみがスゥっと泡の様に消えうせた。

喘ぎ、悶えた私は、部屋の床に暫らく蹲ったままだったが、少しずつ解きほぐされた。



「………あ…ありがっと…」



息が整い、立ち上がってベッドの傍の椅子に腰掛けた後、私はそう独り言に等しく聞える言葉を発した。

あの痛みが――代償なのだろうか。


認めたくない、でも其れが真実であるのを受け入れられないまま、

のた打ち回っている間に遠くに飛ばされたタオルを拾おうと、前屈みになった。




パサリッ…――



…私は、急に軽くなった頭からスルリと落ちた其れを、ギシギシとぎこちなくに首を動かして、見た。

黒い、所々漆黒の硬い糸の様な物が飛び出している塊――――私の抜けた髪の毛を見た。





ガタンッ!……バタバタバタッ、ドンッ


「……髪の毛が…短くなってる………」


鏡を見て、私が発した最初の言葉が、此れだった。

一体、どう言う事だ。此れも、代償なのか…明らかに、髪の毛があんなにドサリと自然に抜ける筈は無い。

さっきの痛みが、髪の毛まで作用して、突然抜けたんだろうか。

いや、あれは"抜けた"んじゃない…――引き千切られたと言った方が自然な抜け方だった。



 ――君の髪の毛が切れたのは、君の髪の毛が普通の者達とは違うからだ。




動揺し、驚愕した銀の瞳を鏡で確認していると、本達がそう教えて来た。

どう言う事だろう。



 ――君の髪の毛は、本来の具現者となるべき時の"肯定"で、現在の魔力を示す物に変換されている。

 君自身が備えている魔力が大きく減ったり、又魔力の器自体が失われた場合のみ、減ってしまうのだ。




「…この髪の毛って、伸びるの?」


普通に疑問だ。今の私の髪の毛は、もしかたら通常通りの機能を奪われている可能性だってある。

いや、もし伸びなかったら困る。


明らかに、この髪の長さはショートヘアーより少し長めだからマシだけど、明らかに変だと思われてしまう

可能性もあるし、例え、他人が私に関心を持つ事がなくなっても、此れは嫌だ。




 ――君の其れは、魔力を表す物……ならば、我らの力を君の魔力へと変換させればいい。
   もう、やり方は想定できるであろう。




……確かに。もう、本達に条件を肯定する流れは、掴んでいる。

要するに、"Affirmation"が"肯定"の意味の様に、紡ぐ言葉の最後に、望む単語を付ければいいのだ。




預言書の力を変換し、私の魔力として有する――Affirmation


――承認。具現開始。




鏡を見ていた私は、自分の額から何時の時かのルリシジミが現れたのを目撃した。ヒラヒラと、可憐に

舞うルリシジミは、私の頭上からゆっくり右回りしながら、下へ降りて行く…それと同時に、私の無造作に

千切れた髪の毛も、何時もの長さに戻って行く。そして、腰の辺りでルリシジミは空気と少しづつ同化し、

見えなくなった。



「……疲れた。寝る」


ルリシジミの最後を見終わった後、私の口から出たのは疲労が溜まっている肉体の本音だった。

ゾロゾロとぼろ雑巾を引き摺る様な動きで、私はベットにうつ伏せダイブした。






――…あぁ、この世界を作った者、もしくは、世界で一番お偉いさんよぉ…

    頼むから、頼むから此れが"儚い夢"だと言っておくれ。





さん。本達とお話。
と言うより、具現者が受ける代償は、本達が発動させてるんじゃなくて
どちらかと言えば"未知の力(未来)"がさんを苦しめている形となっています。
――って言うか、展開重たっ!次の回から、本格的に原作沿いになる予感。
菩提樹の謎、解明完了。


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