珍しきものを捕らえたと、己が部下が持ってきたそれは、 確かに変わっていた。 「いい加減、出しやがれってんだィ!」 …特に、口を利くところなど。 目の前に置かれている籠の中を、忙しなく跳ね回り、絶えず罵声を発している。 それと同時に、体を包む浅葱色が激しく点滅を繰り返す。 「…騒々しいことこの上ない…耳障りな玉虫のことよ」 「だ、からッ!!オイラの名前はイッスンだィ!」 姿形が多少違えども、その鞘翅(さやばね)の光沢は正しく玉虫。 しかし、そう言えば浅葱を朱に変えて、より一層激しく飛び回る。 情の起伏で放つ輝きを変えるところなど…もはや"変わった"ではなく、 "面妖な"と言い換えてもいいほどであった。 「ふっ…名まで小さいとは…」 「…っ、笑うなってんだィ!」 すぅ、と取り巻く朱が消えうせると共に"イッスン"と名乗った玉虫はようやく落ち着く。 抗うところで、現状が変わらぬことをようやく理解したらしい。 物珍しい生き物だが、少し興味が薄れてきたのが本音だ。 ここまで騒がしいと寧ろ苛立ちが募るだけだろうと、思ってしまう。 「それにしても――あやつは何をしているのだ…」 己の前に置かれている虫籠から目をそらし、小窓の外の賑わう町並みを見ながら、呟く。 先刻、使いを命じた者の帰りが遅く、それに対しても苛立ちを覚える。 …あの者のことだ。きっと人の良さに漬け込まれて何か仕出かしているだろうが。 彼は、盛大にため息をついた。 イッスンには、何故自分がここにいるのか身に覚えがなかった。 気がつけば、常に呆けている相棒は居らず、終いには人に捕まる始末。 抗う為にすかさず腰に差してある愛刀に手を伸ばすが…その手は空を掴むだけだった。 籠に入れられ、連れて来られたその場には、一人の男がいた。 常盤緑の衣を身に纏うその人物は、自分を捕らえた人間の頭のようだ。 静かに見下ろしてくる男の顔は、例え小さきイッスンでも、違いが分かる。 さらさら、と指どおりがよさそう栗色の髪の毛。 丹精な顔つきで、とても美しい――しかし、その表情は、どこか曇っている。 「オィ!そこの緑のニイチャンよぉ!ここから出しやがれってんだい!」 それが無駄なことなど、なんとなくだが、イッスンには分かっていた。 でなければ、わざわざ籠に入れられる筈もない。 苛立ちがつもりばかりだ。 逃げようにも自らの得物がなければ、話にもならない。 予想するに、愛刀は相棒の手元に残されている可能性が高い。 つまり、己の力だけではどうすることもできないのだ。 そして今、その相棒が来る気配もなければ、そもそもここがどこだかも理解できずにいる。 …まさに、言うところの"八方塞"だ。 「我を知らぬか…いや、虫にまで我の名が通っている方が、そもそも可笑しいであろうな」 「虫扱いはされんのは、大嫌いだッ!!」 偉そうな態度でものを言う男に、イッスンは大声で怒鳴る。 自分が知る国に、これほど腹が立つ物言いの人間はいなかったが、 さすれば、ここはやはり自分が知る"国"ではないのかと、思考をめぐらせる。 しかし、それを男に聞く気にすらなれずにいる。 …とにかく、全てが気に食わない。 「おぃ、ニイチャン!どこの誰だかしらねェが、そんな腹立つ物の言い方、 なんとかしやがれってんだィ!」 キッと相手を睨み付けながら、荒々しい口調で悪態をつく。 一度腹にたまった怒りの感情を、吐き出さずにはいられなかったのだ。 「大体なんだァ?勝手にオイラをとっ捕まえといて、ただ籠の中に入れとくだけじゃねェか! 冗談じゃねぇやぃ!ニイチャンの暇つぶしに付き合ってられるほどオイラは暇じゃねいやぃ! もっとマシなことしやがれってんだぃ!」 フン、と鼻をならしてイッスンは相手を不愉快にさせたことで思わず笑みを浮かべた。 散々自分を苛立たせたのだ、仕返しができたことに満足し、相手の様子を静かに伺う。 「…玉虫よ」 「っ、オイラは玉虫じゃな「玉虫は絶命しても鞘翅(さやばね)の光沢を失うことはない、と聞く」 丁度日の入り具合で見えていなかった男の顔が、目に入った。 うっすらと嘲笑を浮かべ、見下ろす視線は、射抜くような鋭さがあって。 …その時になって、イッスンは自分が彼の琴線に触れた事にようやく気づいた。 「それ故に装飾として用いられる事があるが――貴様の鞘翅も、さぞ死後も美しく耀くであろうな」 背筋が、ゾクリと震えた。 その恐ろしさに、男に意識を向けながらも、背を向いて叫んだ。 「毛むくじゃらのアマ公ォ!早く助けにきやがれってんだァッ!!」 その声が少し震えていることに、男は笑みを深め、 イッスンはそんな自分に腹をたてていた。 なんかいないなと思ったら、つかまってました。 旅絵師、智将に敵わず。 戻 進 |