あぜ道を歩く足が、ふと止まる。 そこには 「わう?」 ただひたすらこちらを見つめている犬が一匹、道を塞いでいた。 大きな犬だ。いや、犬か狼かの判断ができぬ瀬戸際の大きさで、 毛並みは、足元が少し汚れているだけで、雪のように白い。 しかし、ひとつ言えるのは。 「ねぇ…君。そんな所にいると、荷車の邪魔になっちゃうし、危ないよ?」 目の前に突然現れたその白犬に対し、そんな言葉を掛けながら、は近づく。 野良犬なのかは分からないが、それにしては自分が近づいても暢気に座り込んでいる。 それを見る限りでは、食べ物に飢えることが多い野良だとは考えにくかった。 は、買出しの帰りだった。 自分より身分の高い人物に頼まれれば、断る訳にもいかず、 幾分か離れた甘味屋に出かけたのだが…その帰りに、この白犬がいたのだ。 手を伸ばせば、身を引くどころか、逆に擦り寄ってくる相手に、は戸惑う。 本来ならば、急いで帰るべきなのだけれども、 人のいいはこの不思議な生き物を放っていけるはずもなく。 「……とりあえず、少し道から逸れない?」 「わん!」 そう白犬に話しかけてみれば、 元気に吠えてすぐさま小石と雑草が入り混じる道の脇に移動し、ご丁寧にお座りをする。 ・・・・・・・ 白犬の物分りのよさに、は思わずその場で固まった。 ここまで言ったことを即座に、性格にやってのけられると、どう反応すべきか。 言っておきながら、自分が移動していないことに気づき、 は白犬の近くの大きめの岩に腰掛ける。 「ねぇ、君…迷子だったりする?」 変なことを聞いているな、と自分でも分かっていた。 …そしてその通り、白犬はくぅん、と首を少し捻っただけだった。 犬相手にそもそもこんなことをしていて、と…は思った。 しかし、何故だかこの白犬を放って置いてはいけないと、思ってしまう。 うーん、と唸っていると。 「わぅ?」 「…わんこ。お菓子、ほしいの?」 くんくん、と気づかぬ内にの持つ紙袋に鼻先をつけて匂いを嗅ぐ白犬に、 がそう聞けば、是という意味だと思われる鳴き声を上げる。 …一枚ぐらいなら、いいだろうか。 愛顧している甘味屋で買ったので、少しおまけをしてくれた店主には感謝した。 「はい。一枚だけ…て、うわッ」 言い終わらぬ内に、の手目掛けて飛び掛るようにして白犬が食らいつく。 思わず、最初からこれが狙いだったのか、と思ってしまうくらいだった。 急いで、手まで咬まれる前に煎餅を地面に放り投げ、思わずじりっと距離を置いた。 そして表情を突如変化させた当事者は、尾を振り、楽しそうにしている。 …一体、何なのだろうが。 あまりにも突拍子のない白犬の行動に、はふぅと息を吐いて立ち上がる。 いい加減、戻らなくてはいけない。 …頼み主が、怒ると怖いのを、はよく知っている。 もう、この白犬は心配ないだろう。 これだけ食に対する欲があるならば、生きていけるはずだ。 「じゃあね、わんこ。私帰らなくちゃいけないから」 まだ地面に散らばる煎餅の残骸を貪っている白犬を見た後、は早足に帰路を進む。 あぁ、早く。早くしないと。 そんな思いをめぐらせていた所為か、は気づかなかった。 白犬が、少し間を空けた後に、自分の後を追い始めていることになど。 白いわんこに、お煎餅をあげてみました。 …あれ、何か足りないぞ? 戻 進 |