沈黙が、痛かった。 身と瞳を硬く閉じていたは、ひたすら衝撃を待つ事しか出来なかった。 相手をあんなにまで怒らせた癖に、全く自分に非はないと心の中で相変わらず愚痴を零す。 あっさり殺されてしまう…そんな己の不運と、最後まで素直に生きた人生の余韻に浸っていたが。 「…あれ?」 余りにも長い間に痺れを切らして恐る恐る眼を開けば、そこには彼が居ない景色が広がっていて。 静かに、時だけが経過する――ゆっくり見渡すが、辺りに居る気配はない。 あんな凄まじい殺気を放っている彼が、そんな簡単に消えるはずが無い…。 闇にまぎれているのではないかと思い、少し前に進もうとした…その時。 ドンッ 「へぎゃっ」 花の女子高生にしてはあまりにも品の無い悲鳴を上げて、は思いっきり足元不注意で転んだ。 所々痛みを発する肌を手でゆっくり撫でながら、予想外だった障害物を確認する。 ばたりと、何かが倒れていた。 灰色掛かった銀が、焦げ茶色の粘土地に広がり、まるで濡れた布の様に倒れるそれは――。 「あ、悪霊さん!?」 そう言うと、はすぐさま彼の横に膝を付き、うつ伏せになっていた彼を仰向けにする。 先刻の威圧感と殺気、そして不敵な笑みは倒れている彼には全く無く、そして完璧に気絶している。 …混乱ロードを走り出そうとする心を抑え、はとりあえず今の現状を整理する。 彼は――いい加減、意見を尊重して明智さんと呼ぶ事にするが――自分に鎌を振り下ろそうとし、 そして自分が気付かぬ間に、明智さんはパッタリ地面に気絶して倒れてしまっていた……。 しかし倒れるなら、呻き声やドンと言う効果音があってもいい物だが、自分には聞こえなかった。 ……辻褄が合わないことも多いが、現在彼はこうして意識を手放し、倒れて居るので話は進まない。 「…って、どうすればいいのよ」 の心は素直だった。 深夜に神社を通り抜けようとしたら怪しい人物に出会うし、んで自称歴史の超有名人だと名乗るわ、 死の覚悟をしたと思えば加害者(未来形)は突然倒れるわ、そして起きる気配無しで…。 はた、と気付く。 "明智さん"が、もしの知識上の"人物"ならば、それはそれでおかしいとようやく理解する。 まず、日本人がこんな髪色であるはずがない(染める技術が当時あったとも思えない) そして彼が例外ではなく、全ての戦国武将がこんなタイプなら今の日本国は成り立たないだろう。 つまり…彼が嘘をついているか、はたまた――。 「異世界トリップ系?」 そう言う方面の小説を知っているは、"嘘説"より自分が口にした仮説の方が正しいと思った。 しかし、そうなるとの"明智さん"の見方が段々変わってくる。 ここの世界(と言ってもいいのだろうか)に来た事を彼は全く認識していない様だったし、 まとう服装や武器に、赤黒い物がこびり付いているのをみれば、 彼はきっと戦場にいて、錯乱状態だったのかも知れないと推測できる。 「分かっていながら…警察に突き出すのもどうかなぁと思うんだよね…」 寧ろ警察の方々の身が心配になる。 ……保護、と言う名のお持ち帰りをするしかないと、は確信した。 「…鎌は一度目立たない所に隠して……大通りは避けて…」 自分がやろうとしている(若干…いや、かなり)無理のある運送手順を声に出して確認する。 幸い、が住まうこの地域は活発的な住民は住んでいないので、夜遭遇する確率は極めて低い。 …勿論、己より身長も体重も上な彼を強引に引きずって行く時間が長いほど、危険度は増すが。 「今だけでいいから…神様、私(と彼)に幸を」 背中にずっしりと来る彼の重さに絶えながら、は呟いた。 …――その言葉が、聞かれているのも知らずに。 帰 進 |