…嘘だと言ってください。




手に力が入らなくなり、スルリとビニールの袋が地に落ちた。
鈍い音を立てて、落ちた衝撃によりペットボトルが袋の中から飛び出る。

今――は(比較的に)ピンチに陥っていた。
確かに若干迂闊だったとは思う、今夜は月出てないし、女(花の女子高生だが、本人に自覚は無し) の夜歩き危ないって言うし、面倒でも近道の神社じゃなくて大通り通ればよかったのかも知れない。


しかし、現実に起きてしまったのだ。


の遥か前方――神社の丁度鳥居の所にひとつ"何か"が居た。
別には霊感とかそう言う特殊能力は一切持ち合わせていない平凡な女子高生だが、目の前に 立つ"何か"がこの世のものでない事ぐらい分かる。

明らかに…大物。



「おや…そちらにいるのはどなたですか・・・?」



前方の、縦長い影がにそう話しかけてきた…男の声だ。癖があるが、恐怖を感じる声ではない。
珍しい、話しかけて来るほどの大物なのか!
そう思いながらも、はいかにも落ち着いた口調で言葉を返す。



「いえ…只の通りすがりなので」



よく言う言葉をここで使うのならば"逃げるが勝ち"だと、は思った。
そして、先刻落とした商品達を拾う素振りも見せず、スタスタと我が家への帰路を歩み始める。
……ああ言うのは夜にしか出ない。
幸い明日も休日だし、そもそも通る人そのものが少ないので、明日の朝にでも拾いに来ればいい。
もしくは、"大物"に対しての供物として扱われたら金も惜しくない――自分の命と引き換えならば。

スタスタと歩みを進める
後ろは向くな…向いてはいけないと自分で暗示をかけながら。
しかし――。





ジャキン

「!?」





目の前に下りてきた何かに対して瞬時に反応し、は歩みを止めた。
その判断は正しかった。
遠くで輝く街灯により目の前に現れた正体を確認して――息を呑んだ。

銀の美しい"何か"があった。
しかし、よく見れば見るほどその正体が恐ろしい物だと再確認をする。
曲線を描いた銀の刃だが、その輝きは刃自身にベットリとついている赤色でくすんでしまっている。
その刃が何の支えも無く宙を浮いているはずも無く、刃から伸びている棒は後ろに伸びていて…… と、そこでようやく背後の存在感に気付いた。



「ククク…つれないですねぇ……」



背後から聞こえる声に対して、はサーッと自分の顔から血の気が引いていくが分かった。
…武器(鎌)を持ってると分かっていれば、もっと早くその場から逃げ出すことが出来たと、 内心後悔を抱きながらも、恐怖を感じる心が先走らないように深呼吸する。
大物と言っていたが、前言を撤回し、親玉ランクへ昇格した背後の者。
親玉と言うか…死神?(そしたら神ランクか)

しかし、神ランクの者が何故こんな神社に居るのだろう――放浪の旅でもしてるのだろうか。
は、そんな死神的な相手に必死で恐怖心を押さえ込んでいた。
このまま切り裂かれるのか…呪い殺されるのか…。
――…とりあえず、抗うのをを試みる事を、は決めた。
手を胸の前であわせ、息を吸い込み、恐怖で染まる心の中から必要な文を取り出し、言う。



「ぶ、仏説摩訶般若波羅蜜多心経…観自在菩……」



例えどんな悪質な相手でも、ありがたいお経なら少しは効果があると思い、
自分の祖父宅で、夏の暇つぶしとして習得した経を暗唱する
これでもなりの必死の抵抗らしい…死に対しての。



「おや…経ですか」



――…勿論、神ランクの者に対しては無意味だったようだが。
背後から聞こえる男の声が、より一層楽しそうにそう言ったので、もうは投げやりに返す。



「…大丈夫です。すぐ楽になりますから……」
「可笑しな事を言いますねぇ、貴女は…私は死んでないですよ?」
「いえ、きっと思い込みです。貴方は死んでます」



相手の言葉を完璧に流して、とにかくひたすら経を唱え続ける…。
背後の者は、その懸命さにより一層愉しみを込めた声で言う。



「本当に可笑しな方ですねぇ…フフフ……」
「貴方こそ、悪霊の癖に何でこんな凄い物持ってるんですか!」
「あぁ…これですか…」



そう言うと金属の擦れる音を立てながら、の行く手を阻んでいた鎌の刃が去った。
は瞬時に数歩先に進んだ後、声の主の姿を見るために振り返る。
…逃げても無駄なのは分かっている。だから見るしかない。



「貴方…どう言う悪霊ですか」



感想を言うなら、それ以外思い浮かばないだろう。
着ている物はハッキリ言えばマニアックなゲームのキャラクターの様に、難しい構成で 灰色の長髪で顔は口元しか見えない…外人コスプレイヤーの悪霊ではないかと、 は唐突に思ってしまった。
それにしてはなんて日本語がうまい外人なんだろう。
最後に一言言うなら、オーラと様相のギャップが激しすぎる。




「残念ですが…私には"悪霊"ではなく、"明智光秀"と言う名があるのですよ…クク…」




幽霊の彼――明智光秀は静かに、にそう告げた。