…最近、死者の世界は騒がしい。
美しいもの
いや、以前からずーっと賑やかだったが近頃は何時にもまして住人達が楽しそうなのだ。
その理由を、勿論死者としてこの世界に居るも知っていた。
一人の青年が、小さな段差に腰掛け、自らの手に持つ花を見詰めている。
花…とは言っても、寿命が近い所為かすでにドライフラワーに近い状態になってしまっている。
お世辞にも"綺麗"とは言えない花だ。
そんな花を、青年はしばらく見詰めた後、両手で顔を覆ってしまった。
「そんなに"上"が恋しい?」
突然の声に、彼は素早く顔を上げてあたりをまんべん無く見回すが――声の主らしき人影も無い。
気の所為かと思えば――凛とした女の声が再び響いた。
「ここよ。ここ…街灯の上」
声の通りに少し離れた場所にある街灯を見上げれば、
青白い炎が灯るガラス箱の上に、一人の女が腰掛けている。
ここの住人にしては、生前の姿をしっかり保っている彼女は…とても死んでいる様には見えなかった。
癖の無いスラッとした黒髪に、青緑の瞳がとても綺麗な女性だった。
「私は。貴方は――ビクターね」
「は、はい。そうです」
は彼――ビクターの名を確認すると、結構な高さがある街灯からふわりと地面に降り立った。
その時のの身のこなしにビクターは驚いたが、気が付いた――彼女は片足が骨ごとないのだ。
その疑問があからさまに顔に出てしまったビクターに気付き、が答える。
「あぁ……これね。私が死んでしまった時。どうしてか一本"上"に置いて来てしまったみたいなの」
片足一本で立つは、よろめきもせずに街灯に立て掛けてあった松葉杖を使い、
カツッカツッと石畳に音を響かせながら、ゆっくりとビクターに近付く。
「…隣、座ってもいいかしら」
「ど、どうぞ」
突然の申し出にビクターも一瞬と惑ったが、それを拒む理由も見当たらないため、少し場を動く。
その空いたスペースにはゆっくり腰掛け、松葉杖をカタリと音を立てて家の壁に立て掛けた。
……暫しの沈黙が流れた後、この言い様の無い空気を打ち破ったのはビクターだった。
「……ひとつ。聞いても、いいかな」
「何かしら」
「きっ、君は――此処が好き?」
緊張の所為で、どもり気味なビクターの質問には、んー…と考える。
少し身動きするだけで、微かに草花の香りが漂う。
なんの香りなのか…――と彼が考えているうちに、が答えを出した。
「…私、上に居る時は邪魔者扱いされたの」
彼女はそう言って松葉杖を使い、折角座った段差から離れ、人通りが無い道を行ったり来たりした。
つらい事を話しているのに、その顔は何故かサッパリしていて、
でも、決してその微笑みは偽りではない……本物の笑顔だった。
「色々あったわ。上で生きていて、遣り残した事もいっぱいあるの。
…でも、死んでしまった今でも、悔いは何もないの」
カツン、カツンと音を立てて、彼女は忙しなく石畳の上を移動する。
その滑らかな漆黒の髪は揺れ――身に纏う裾が擦り切れているスカートがなびいて――。
まるで、踊っているようにも見えた。
「ビクター」
突然名を呼ばれ、考え事をしていた彼は驚きながらもすぐさま彼女の顔を見る。
そんなビクターを、彼女はクスリッと笑って見詰め返した。
「な、何?」
「貴方は、今に悔いを残さないで。
……上が恋しくても、此処が好きになれなくても。"死後"にだって、今はあるのだから」
は最後に、そう言ってにっこり微笑んで光が差さない裏路地へと姿を消した。
結局、彼女は何も答えてくれなかった……と、ビクターは思った。
それは、彼女に質問をした自分には答える必要がないと思われたのか…。
それとも…本当は聞かれたくなかったのか…。
「今、か…」
ビクターはそう呟いて、まだ手に持つ花を見詰めた。
街灯の青白い炎が、その刹那――一瞬揺らいだ気がした。
衝動書きではなく、単に書きたかった物。
ティム監督の『死者の花嫁(英訳セヨ)』の主人公、ビクターがお相手でした。
パペットアニメなのに、非常にクオリティが高い作品です。
……結局、彼女はなんだったのか…疑問がありますね;;
06/6/25
かえる
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