「…んで、オイラ達は西安京に行くことにしたんだけどなァ…」 少し己には大きい一枚の煎餅を砕いて口に運ぶ小さき語り部の話に、は聞き入っていた。 しかし、不意に彼の話の主たる者の方へと顔を向けると、思わずため息をついてしまう。 その者――彼が言う所の"アマテラス"――は、とても困っているように見えた。 目じりをくぃっと下げ、時折寂しげに鳴く姿を見れば、哀れに見えるのは自然なこと。 …しかし、アマテラスを困らせているのは、他でもない――の主なのだ。 氷の将…そう呼ばれるの主"毛利元就"は、文字通り人としての感情を表には出さず、 恐ろしいほど冷徹な人物――であるはずなのだが。 「慈悲溢れるそのお姿…まさに……!」 アマテラスを前にする元就は、目が虚ろで、紡ぐ言葉も甘く、 常日頃の彼を知るには、目の前の元就が幻のように思えるのであった。 小さき語り部の彼の名前は、イッスンと言うらしい。 イッスンが語った事を要約すれば、つまりこうなる。 あの"アマテラス"は、古に滅んだ先代の生まれ変わりであり、 まだ神通力も弱く、今は"ナカツクニ"と言う世に溢れる邪なる者を倒し、 尚且つ、己の分身である"筆神"を探す旅をしていた。との事らしい。 「…何時ものように、妖怪の吹き溜まりの羅城門を潜ったら… オイラは知らねェ野原にいたんだィ!」 「なるほど…しかし、ナカツクニと言う国など、聞いた事もないが…」 とりあえず、混乱した城内に今の現状を伝えるべく部屋から姿を消していた又助だが、 先刻帰ってきてからはの隣でイッスンの話を聞いて静かにうなるばかりだ。 「確か…ナカツクニと言うのは、日ノ本神話の国の名だと聞いたことがあるのですが」 「マァ、どっちにしろオイラ達はこことは無関係な所から来ちまったみたいだナァ」 ネエチャン、もう一枚煎餅くれィ。と言うイッスンに同感しながらも、 新たに台所から持ってきた醤油煎餅を袋から出すとパリ、パリと四等分にし、皿に置く。 確かに"狼の神"も"人語を喋る玉虫"も、この世では縁がない存在だ。 もし、彼らが神話の時空から現れたとしても、それは別の世の時空の話。 「…だとしたら、あの緑のニイチャンはなんであそこまでアマ公にゾッコンなんだァ?」 「あ、多分それは…元就様が日輪信者だからですよ」 「…にちりん?」 「太陽のことだ。恐らく、そのお陰で元就様にはあの白犬の真の姿が見えるのだろうな」 元就様には、と強調して言う又助。 つまり、それは自分を含め隣に座る、そして主に仕える者には見えないと言うことを示している。 「…ごめんなさいね、イッスンさん。私達が元就様をとめれば、現実問題で首が飛ぶから…」 「そう。解雇と言う意味ではなく…本当に、現実問題で…な」 苦笑いを浮かべながらも、相変わらず口説かれ続けているアマテラスに目を向け、 と又助は口をそろえて言う。 その顔が若干青く、恐れの感情がにじんでいる事に気づいたイッスンは煎餅をゴクンと飲み込むと、 何か思いついたように不敵な笑みを浮かべ、に問う。 「ネエチャン…緑のニイチャンって強ェんだよな?」 「ええ、寧ろ強すぎて恐れ多い――ってイッスンさん!?」 目が追いつかぬような速さでへ飛んで行くイッスンに、は思わず叫んだが。 イッスンの愛刀"電光丸"が、夢心地にいる元就に向かって振られた。 カキンッ 「――何のつもりだ。イッスンよ」 「オイラはまだ兄チャンの事、許しちゃいねぇんだけどナァ?」 懐の護身用の小太刀で刃を受け止め、元就は鋭い眼でイッスンを見下ろす。 先刻まで腑抜けになっていた者と同一人物だとは思えない程、 元就の表情は冷たいものへと変わっていた。 しかし、イッスンは余裕の表情でニヤリと笑う(元就に見えているかはともかくとして) 「さっき散々オイラを小馬鹿にしやがって…謝りの一言もないってのかィ!」 「ふっ…何故貴様に我が頭を下げねばならぬのか。捕まった己を棚に上げて、よくもまぁ…」 「う、うるせぇやィ!…このオクラ!」 その瞬間。元就の表情が凍りついた…どうやら、禁句だったらしい。 ずっと元就に捕われている際、背後に置かれていた兜が気になり、貶し言葉として言ったのだが。 それが、彼の琴線に触れることになり。 「このっ、忌々しい玉虫の分際で…来るがいい!」 「へっ、臨む所だってんだィ!!」 凄まじい勢いで刃を交え、金属音が耳障りな中、時折暴言を吐く元就と、イッスン。 そんな二人に何の言葉も掛けられず、ただ無言でと又助…そしてアマテラスは見つめていた。 いつの間にか、自分の足元に擦り寄り、顔を見上げているアマテラスに気付き、 はそっと頭をなで、 そして膝を折ってアマテラスと同じ視線になると、 あごの下を触りながら、言う。 「君、アマテラスって言うんだ…"様"ってつけないと元就様に怒られそうだけどね」 すると、幸せそうな顔が一変、しゅぅとしぼむ様に寂しそうな表情を浮かべるアマテラス。 …出会った時から思っていたのだけれど、本当に表情豊かな犬だと、は思った。 勿論、自分が言った発言で彼(もしくは彼女)が落ち込んでいるのだと知るは、 笑顔を浮かべると、垂れ下がった耳に優しく触れて、言う。 「はいはい、ごめんね。アマテラスー…あ、お煎餅食べる?」 「ワン、ワンっ!」 ころり、と表情をかえ、アマテラスはが差し出した煎餅に噛り付く。 "普通"とは違う、だけれども、押し付けるような神々しさがない…不思議な狼の神様。 肌触りのいい毛を、わしゃわしゃと優しくかき乱しているに、又助がため息混じりに言う。 「しかしな、。もしイッスンが言うことが事実ならば、奴等が帰ることは難しいだろう?」 「まぁ、そうでしょうけど。大丈夫じゃないでしょうか」 ほら、あの二人も仲良くなれそうですし。と、言うの指差す先では。 「虫の分際でっ、小賢しい…」「うるせェ!このモヤシ野郎!」 と言う声が時折聞こえるが、相変わらず状況は変わらず、激しい攻防戦を繰り広げる二人。 …"仲良し"と言う言葉には程遠い、と思うのが一般的だ。 「え、えと、何とかなります!…ね、アマテラス?」 すると、きちんと煎餅を食べ終わったアマテラスは、力強い声でワン、と鳴く。 そんな心強い存在を感じるとは立ち上がり、よしと気合を入れて、言う。 「…じゃあ、あの少し仲が悪い二人を止めに行こう!」 「ワンッ」 呼びかけに対して、アマテラスは一足先に走り出し、も後を追う形で続く。 その活力溢れる一人と一匹を見送りつつも、これから起こりうる多くの問題を頭に巡らせ、 それによって自分は又忙しくなるのだろうと思い、又助は深くため息を吐いた。 これで、終わりですよ。尾張ですよ(待て いいのかこれで!?(いいんですよ 続きそうな雰囲気をかもし出しつつ、これにて終了。 四話と言う長さをお付き合いいただき、ありがとうございました! 戻 |