経験者は語る…ろくでもない経験談なのだけれど。 あの凄まじい追う追われつの攻防戦から数時間後、決着は目に見えていたが。 「さて、何処からお話いたしましょうか?」 自室で、礼儀よく私が出した座布団に腰を下ろしている彼を、誰が想像できただろうか。 収納に大変優れている折りたたみ式のミニテーブルを出し、 そこに一階から取ってきた飲み物を注いだコップを二つ置く。 私はそこで漸く彼から見てテーブルを挟んだ向かい側に座り、彼に言葉を返す前に現状を振り返る。 この部屋に客として迎えた彼とであったのは数刻前。 体が透けている彼は、自らのことを歴史上の有名人である"明智光秀"と名乗り、 そして私のことを優しげな声で、こう呼んだ。 「信長公」 勿論、敬称を除き、その名の前に苗字を付け足せば、 この地域で知らぬ者など居ない程、有名な人物の名となる。 織田信長――もし、彼が明智光秀本人ならば、仕えた主であり、 そして彼によって死へと追いやられた張本人になる。 しかし、もしその真実を理解していれば、彼の存在は否定せざるおえない上に、 私がその名で呼ばれるのはおかしい。実に、おかしい。 ただ、彼が呼んだ私への言葉には、正確にはこう言う意味であることを後に知る。 「(輪廻転生後の)信長公」 括弧の部分を省かれては、意味が余りにも変わってしまっていて、 そんな発言をした彼に私はもう疲れてしまい、 帰ろうとした所でストーキング発言をされてしまい…今に至る。 「…まず、お兄さんがどうして今幽霊で、なんであそこに居たかの経緯を教えてくれません?」 彼がもし戦国時代からずっと自縛霊だとしても、この地域に出るのは変だし、 そもそも何故殺した相手の生まれ変わりの前に現れる必要があるのか、理解出来ずにいる。 「実はですね、私は…本能寺に居る信長公に奇襲をかけた際に、 後ろ盾になっていた人物によって、信長公殺害を邪魔されてしまったのですよ…っ!」 嗚呼、何て憎たらしいッ…とぶつぶつ呟き始める彼に対して、私は慌てて先を促す。 「そ、その"後ろ盾"は・・・?」 「…竹中半兵衛と言う武将です」 "たけなかはんべえ"…と、直には脳内で当て嵌めるべき漢字が出てこないけれど、 どこか聞き覚えのある名前で、更に疑問をぶつける。 「その"たけなか"さんは…比較的織田信長とは親しい人?」 「…豊臣秀吉の軍師です。武士としても名のある」 その瞬間、記憶の海から的確な情報が飛沫を上げて跳ね上がり、私は漸く嵌めるべき漢字を見つけた。 随分前に、父の隣で見た大河ドラマの中に出てきた…"竹中半兵衛"と言う名の、優れた軍師であり策士。 確かに、本能寺の変は明智光秀単独ではなく、 大きな黒幕の元で起こった事件だと言う仮説も、いくつか聞いたことがある。 そう考えれば、おかしな話ではないのだけれども…。 「私の信長公を…、あの方を恐怖をどんなにこの目に焼き付けたかったことか・・・っ!」 …目の前の彼が、こう発言をしてしまえば、一気に信憑性が薄れる。 結局、彼は嫌々ながら織田信長に手を出したのではなく、 寧ろすすんで武器を手にしたのだと言う事実は理解できた。 「そのあと、お兄さんはどうしたんですか?」 「…罪だけを着せられてしまいまして、深手を負いながらもその場を去るしかありませんでした」 その後に、敵兵に囲まれてしまいまして……最後は、絶命したのかも分かりませんでした。 静かにそう語る彼の横顔が、少し寂しそうだと思いつつも、彼の言葉を遮らず、私は耳を傾けていた。 「そして、気が付けば知らぬ土地で、誰にも気付かれることなく立ち尽くしていたのですよ」 「…そう、だったんですか」 「ええ…此処に来てまだ三日しか経っていませんが、理解するには十分でしたよ」 そして、今日貴方に出会ったのですよ。と言いながら、さりげなく私の手を輪郭線が朧な手で掴み、 急にうっとりとした口調で話す。 「失ってから気付いたのです…言い知れぬ感情と虚ろな現世に。 だから――私は貴方と共に居ます」 その言葉で締めくくられた彼の話は、少し切なくて、微かに怪しくて…。 「…って、何でさりげなく手握ってるわけ!?」 話を聞くのに気を取られていた所為か、ようやく己の現状に気付き、 私は握っていた彼の手を思い切りもう一方の手で叩き、彼は名残惜しそうに手を引いた。 「…よく分かりました」 彼の此処までの経緯はよく分かった。 彼が戦国時代の武将であるかの問題にはまだ引っかかりはあるが、 嘘をつくには余りにもスケールが大きすぎる上に、 当人で無い限り霊になったとしても此処まで説明など出来ない。 実際例はともかく、今は彼イコール明智光秀説を認めてみるしかない…だが。 「ですが、やっぱり私は貴方の言う織田信長の生まれ変わりと言える理由にはなりません」 まず、輪廻転生だと言う事を立証するのは、限りなく現実味が無い話である為、既に困難だ。 そして、それが限られた宗教上で信じられるマイナー思考なのは、言うまでも無い。 …それなのに、彼が私を"転生後の織田信長"と言うのは、変な話だ。 「ですから…貴方は今すぐにお寺に行って成仏すべきです」 「嫌に決まっているでしょう…っ!死しても私は貴方の傍にいると誓ったのですから…」 どれだけ一途な忠誠心なのだろうかと、頭を抱えると同時に吐き気がした。 この厄介な幽霊を、一体どうすれば私の元から追い出すことが出来るだろうか、と考える。 しかし――と、思考の海から抜け出し、部屋内部に目を泳がせている彼を見ながら、思う。 もし、自分が絶命したとして、 知り合いも知識も無な世界に放り出されたら、どう言う心境になるだろう。 死を覚悟し、その先に恐怖を感じ、尚且つ生を繋いでいた己への束縛が無くなる …そう思っていたのに、突きつけられたのは、予想から掛け離れたもの。 それを想像して、一気に体から血が引き、表情の変化を見られるのを恐れて急ぎ顔を伏せた。 彼と遭遇してから一度もそんな表情は見ていないが…そう思っていないはずが無い。 だから、彼は彼の知る世界と繋がり(の可能性)がある私に此処まで執着するのだろうと。 …そう思ってしまうと、突き放すと言う考えが、揺らぐ。 「――…じゃあ、こうしましょう」 顔を上げて彼の目を見、精一杯心の奥底に溜まったどす黒い感情を押し流しつつ、 軽い口調で、話の流れを此方へ持ってくる。 「私は、お兄さんが言う"転生後の織田信長が私"と言う話を信用できてないです。 ですが、信じられないと言う理由でお兄さんを追い出すのは、酷だと思うし、嫌です。 …だから、猶予期間を決めましょう」 「と、言いますと?」 「ひと月…お兄さんは私が転生後の織田信長であるという証拠を。 私はお兄さんが此処に来てしまった原因と、帰還又は成仏できる方法を探しましょう」 両者とも無理難題を抱えることになるが、一方が解決しない限り、妥協など出来ない筈だ。 だから、これは今現在彼が此処に居るための理由付けに過ぎないが、 保留しておくには重大で…どちらに転がっても、どちらかが納得する為の最低条件なのだ。 「幸い、お兄さんは私以外の人には見えないみたいですし…」 「クク…見えてたらそれはそれで愉しかったでしょうに」 「やっぱりこの条件白紙の方がいいみたいですね?」 そう言えば、慌てるどころか「それも又、一興ですよ」と、気に障る笑いと共に彼は答えた。 …本当に、なんて意地の悪い幽霊なのだろうかと、苛立ちを覚えつつ思った。 ただ、拒絶するには要因が足りず、理不尽な理由をつけてもそれを擦り抜けて 再び迫って来るであろう彼の姿が予想出来るから、こうして理由を求めるのだろうと。 「じゃあ、取り敢えずは自己紹介ですよね…。今年で十九になります」 「おや、もっと若いとお見受けしていましたが…老け症なのですねぇ…」 「手前ェは現状理解せずに事起こすから、後ろ盾に足取られたんだろうが」 つい荒い口調になってしまい、コホンと咳を一つして、冷静さを取り戻す。 …こうなりやすいのだけれども、そんな事をしても彼(いい加減、光秀とでも呼ぼうか)が 喜ぶだけだと心を諌(いさ)める。 「おや。お口がとても達者なのですね…クク」 「…お兄さ「光秀、とお呼び下さいね?」 「――…取り敢えず、成仏までの間、よろしくお願いしますね?」 ふっ、と喧嘩に喧嘩を仕掛け、漸く満足に反撃を繰り出せたと思い、私は微笑を浮かべる。 さすがにそれは効果があったのだろうかと、暫し沈黙する光秀からの反応を待てば。 「…フっ、フフフ…フハハハハハッ、アーッハハハハ!!」 突如、私の虚を突く反応をしてきた彼に、思わず反射的に身を引いた。 …もし、これが他者に聞こえていたら、この家がいつから化け物屋敷になったのかと、 近隣住民が翌朝苦情を訴えに来るのだろうなと、渋い顔をしながら思った。 「こちらこそ、よろしくお願いしますね――信長公?」 目には目を、歯には歯をとは、故人もよく言ったものだ。 笑いを収めたものの、尚顔には不気味なほど満面の笑みを浮かべ、そう発言した彼に、 私は静かに顔の皺を増やすことになった。 暴言には更なる暴言を ―――――――――――――――――――――――― 取り敢えず、共同生活条約(なんだそれ)が成立ー。 …本当に、この小説って名前変更少ないね。 戻 進 |