「もぅ、やってられないです…」 コップを片手にソファーに腰掛け、少し目が虚ろな彼女に、明智は穏やかに問う。 「…本当に大丈夫なのですか?」 「へーき、へーきですー。ちょっとくちがまわらないだけですからぁ…」 そう言いながらも、手に持つコップに入ったものをまた口にする。 明智は分かっている…その飲み物が彼女がこの様になった原因だと。 事の始まりは、がいつもの様に"パソコン"に向かっている時に起こった。 明智もが新たに購入してきた書物に目を通して、有意義な時を過ごしており、 音と絵を同時に表示する"テレビ"もついておらず、そこには静寂が訪れていた。 しかし、ふいにが立ち上がる。 そして台所へと姿を消すと、しばらくしてが戻ってきた。 「それは何ですか?」 「え!あぁ、えっとこれは…うーん」 明智にそんなことを聞かれるなど思ってもいなかったらしく、は苦笑いをしながら答えに悩む。 うー、えー、あー…と言葉を濁していたが、ようやくまともな言葉で答える。 「…と、とりあえず飲み物です。見てのとおり」 「確か、それは"缶"と言う飲み物を入れておく物でしたね?」 いつの間にか座っていた床の近くに本を置き、が戻ってきたテーブルセットの近くに来ている明智。 そして冷や汗を流しているの手からさりげなく缶を抜き取り、書かれている文字を読む。 相変わらず、明智が此処に来ていまだに意味が分からない言葉もあるが、一つハッキリした。 「……酒?」 「えー、まぁ。そうなんですけど…」 と言ってもそんなに強い奴じゃないですよ?と言いながら、強引に缶を奪い返して封をあける。 そしてコポコポと同時に持ってきたコップに中身を注ぐ。 それは半透明の、薄く黄が入った色をしていた。 「あ!明智さんは飲んじゃ駄目ですからね!」 「何故ですか?」 「…ちょーっと多分そっちの"お酒"と違うんです。だから下手に飲まない方がいいとおもいます」 はコップをじっと見詰める明智に気づき、サッと自分の方にそれを引き寄せてそう言った。 確かに興味はあったが、明智はふぅと息を吐き、に告げる。 「残念ですが、私は下戸なので自ら進んで飲むことはありませんよ」 「げこ?…あぁ、弱いんですか明智さん」 それを確認すると、はゆっくりコップからそれを口にして…少し渋い顔をする。 「……見栄えとCMの割には深みがないなぁ…しくじったなぁ…」 そうグチグチ何か言いながらも再び"パソコン"をはいじり始めた……。 それから暫くして…今に至る。 は大丈夫だ、平気だと口にしているが、明智にはどうしてもそうは見えない。 顔が特別赤いわけではないが、明らかにそれは"酔い"が回ったすべての状況に当てはまっている。 「あー…そういえば、洗い物しなくちゃいけないんでしたっけぇ…」 はぐだらぐだらとした体でも無理やり立ち上がり移動しようとするが… 「うわっ…」 予想通りバランスを崩し、コテッとその場に再び座り込む。 テーブルへと移動していた明智も、さすがに少し動揺する。 「…?」 「あはは…ヘーキですよー。ちょっとバランス崩しちゃっただけですからー」 よいしょ…と掛け声をあげて再び立ち上がると、今度は立つ事は出来たがふらついて危なっかしい。 その状態で動こうとするの体は勿論言うことなど聞かず――。 「うぎゃ…!」 変な声を上げて再び床に崩れる――の筈なのだか。 足に触れるソファー生地の感触はなく、かわりにあるのは上半身から伝わる暖かさ。 「本当に……酒が弱いのなら加減をしたらどうなのですか?」 「あ、明智さ…ん?」 うっすらと開けた目には、確かに彼が着ている服の色が一段階暗く見えた。 本来なら勿論こんなことに慣れていないは焦って彼から離れるのだが、 いかんせん酒で体の自由が利かないのと同時に、思考回路が麻痺している為、鈍感になっている。 「もう、寝るべきですよ」 「でも…洗い物とか……しなきゃいけないんです…」 「…怪我をしてしまいますよ?それ以前に、そんな足取りで勝手に行けるのですか?」 その問いに対し、はうー…と唸っているだけで返答せずにいる。 図星なのか、それとも答えを返せるだけの思考がもう残っていないのか、明智には分からない。 「ほんとうならこんなに酔わないんですぅ…」 …などとグチグチ言い訳をし始める。 今現在、支えられていなければ立ってもいられない自分の事など分かってもおらず。 そして、頭上から髪にかかるため息を聞くと同時に、 天地がグルリと回る感覚に襲われ、意識がゆっくり遠のき始める。 カクンと力なく頭が後ろにのけぞり、息苦しいと感じながらも…。 柔らかな布団の中、すやすやと眠る酒の回った家の主を光秀は黙って傍に座って眺めていた。 ……無防備すぎる。 唐突に思ったのはその一言だった。 目の前の少女がここまで抜けているのは、やはり生まれつきなのか、 それともこの環境の所為なのかは定かではないが…光秀はそれが受け入れられずにいた。 「ほんとうならこんなに酔わないんですぅ…」 言い訳の一つとして、少女が言っていた言葉を思い出す。 もし、この言い訳が事実なら、彼女が此処まで泥酔してしまった理由が分かる。 …酒は本来、娯楽として口にするもの。 現実を忘れ、その場を楽しむ為の物ゆえ、心身共に疲れていれば容易く芯まで染み渡ってしまう。 もし、彼女が疲れていたのならば…ああなるのも無理はない。 「…疲れていたのですね。貴女は」 穏やかな顔を浮かべて眠っている少女の髪を、光秀は優しく顔から払いながら言った。 しかし、その言葉の裏で光秀には分かっていた。 《…貴女には迷惑をかけてしまっていますね…》 そう、彼女を疲労へと追い込んでいるのは他ならぬ自分だと。 この勝手の分からぬ世へ来てしまった自分の為に、苦労しているのは彼女だと。 光秀は静かに立ち上がり、この部屋の明かりを消して部屋から出て行く。 そしてゆっくりと襖を閉める際に、ポツリと呟く。 「すみません。」 襖が閉ざされ、部屋には漆黒が訪れた。 光秀が放った言葉は、一人眠る少女には届かず。 この闇の中で、当てもなくただ彷徨うことになる。
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