灰色の髪が、人の間を縫うようにして走る度にゆれる。
行き先はない。ただ、今はあの場から離れなくてはいけないと、直感したのだ。

自分に突如突き刺さった、鋭い眼差しを感じて。


先刻まで、共にいた少女に保護された時から、怪しいとは思っていた。
戦場の狂気に染まっていた自分の不意を突いて毒を仕掛け、
不定期的に感じる視線の主の、姿は見えないが、気と視線で分かる。

この迷い込んだ世の者ではなく、おそらく、己の世界の者。



「…っ」



目に付いた横道に走りこみ、通るものが誰一人いないその場所で、息をつく。
無論、自分の後を追う視線に対して気を張りつつも。

きっと、あの少女は慌てふためき、自分を探しているだろうと光秀は思った。
彼女には悪いことをした…だが、あの場で去ることは必然だった。
もし、あの場に自分が居続ければ、巻き込む可能性が出てくる。

あくまで、相手の標的が己であることを祈りつつ、
光秀はその場から、音も立てず立ち去ったのだ。


己の現状を見つめる。
得物もなければ、自分の身を相手の刃から守る鎧もない。身に纏うのは、あの少女から借りた薄い布の衣類だけ。

…どう、抗えばいいのだろうか。


突き刺さるような視線の先をすぐさま見るが、そこには誰もいない。
何処から見られているのか分からぬのに、視野の至る所から気を感じる。
しかし、そうだとしても相手は決して複数ではなく。



《…恐らく、単独》



単独となれば、まだ自分にも多くの可能性はあるだろうが、相手が相手だ。
勝つのではなく、引き離す気構えで居なければ。

気を分散させつつ、別の気を己に溜め込み、心の刃を研ぎ澄ませる。
受身のような、攻めの態勢で、静かに空気の中に立つ。
遠くから微かに聞こえる雑音すら立ち去り、辺りには静寂が訪れた。


あの生き物臭さを混ぜた鉄の香りも、
血肉を切り裂く刃の感触とは程遠いこの場…世で。
しかし、たとえ世が変わったとしても、瞬時にこのようなことが出来てしまう己に。



《嫌な生き物ですね、私は》



心の中で、静かに自嘲の情を浮かべた。
だから…――。




明智さんっ!
「?!」




邪気もなく、何かに対して疑いを持つことを失いやすい、
この世の者のの気配は感じる事ができなかった。

心の刃をすぐさま底に沈め、いかにも自分が冷静でいるように装う。
とは少し距離がある。しかし、急いで近づけば逆にに不信感をあたえるだろう。
光秀は、ゆったりとした足取りで、自分より早く近づいてくるの元へ向かった。
が現れた刹那、何者かの気配が消えたことに安堵しながら。






ぼんやりとした表情を浮かべて歩いてくる明智に、は内心安堵していた。
が、姿が見えなくなった明智のことを心配していたこともあるが。
…声を掛けた時、一瞬別人の表情を浮かべていた気がしたから。


「どこ、行ってたんですか!」
「つい多くの物に目移りしてしまいまして…いつのまにか一人に」


罪悪感を少し浮かべている明智に対し、は急にこみ上げて来た怒りが引いていくのが分かった。
反省しているのだ。と素直にそう受け取ったのだ。


「…すみません。明智さんの方が怖い思いしたかもしれないのに…ごめんなさい」


自分の身に起きたなら、どんなに怖かっただろう。
そう考えてしまえば、自分の抱く怒りなど、ちっぽけな存在に感じてしまったのだ。

軽く頭を下げてしばらくして持ち上げれば、やんわりとした笑みを浮かべて明智が立っていた。
あぁよかった。少しでも自分の気持ちが伝わったのだと、は心でそう思った。


「いえ、私も貴女の気遣いを無駄にしてしまいました」
「…まぁ、こうしてまた出会えたので、良しとしましょっか」


にこりと微笑んで、少し思考を巡らせる。
…初めて街に連れ出したにしては、少し長すぎたかもしれないと思い、提案する。


「そろそろ戻りましょうか。やっぱり少しずつ加減をみて慣らすのが一番ですし」


行きましょー、と今度ははぐれる事がない様にとしっかり相手の手首を掴んで、 は再び人々が行き交う大通りへと歩いてゆく。

今、手を引く彼が、何とも言えない表情を浮かべていることを知らずに。



久々に書くとなんでこんなに重たくなるのか不思議です。
次は軽い。